シオン
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
震えている私にフードのものは膝をつき優しい声で尋ねてくれた。
深くフードを被っているせいで顔は見えないが、声と体格から男性だとわかった。
「はい。助けていただき、ありがとうございます」
「立てますか」
男性は手を差し出す。
その手に掴まり「はい」と返事をし立ちあがろうとするが、足に上手く力が入らない。
「あれ?」
何度立とうとしても無駄に終わった。
「失礼します。お嬢様」
男性はそう言うと私の体に触れ、横抱きに抱えた。
「あ、あの……」
男性に抱き抱えられるのは初めてで恥ずかしくなる。
「すみません。近くに馬を待機させているので、少しの間だけ、我慢してください」
「はい」
親切で助けてもらっているのに、見ず知らずの男性だからと警戒しすぎるのはよくないと思い素直に返事をした。
それに、なんとなくだがこの男性は自分に危害を加えないきがした。
「怖くないですか?」
私を馬に乗せたあと、男性が心配そうに尋ねる。
「はい。大丈夫です」
イフェイオンと婚約してからは馬に乗ることは禁じられていたが、それまでは馬に乗って訳もなく走るのが好きだった。
家族や使用人たちからの嫌がらせで傷ついた心を唯一癒す方法が馬に乗ることだった。
もう二度乗れないと思っていたが、これからは自由に乗れるのだと思うと嬉しくなった。
「では、行きますね」
男は手綱を握り、ゆっくりと歩き出す。
時々、私の方を振り返り大丈夫か確認してきた。
優しい人だと思った。
こんな優しい人に生まれて初めて出会った。
「着きました」
森を抜け、人目につかないよう歩くと、古びた一軒家の前で立ち止まってそう言う。
「ここは?」
「町医者の家です」
「町医者?」
「はい。足挫いてますよね。診てもらいましょう」
ドレスの裾を少し上げて確認すると、男性の言う通り足が腫れていた。
さっきまで痛みはなかったのに、気づいたら痛みだした。
男性は私の手を取り、また横抱きにして抱えた。
「ゲイルさん。俺です」
男性は扉を軽く3回叩いたあとそう言った。
「シオンか」
扉が開くと、その隙間から顔の厳つい男性が出てきた。
見た目から医者とは想像できない。
「その女性は?」
ゲイルは私を見て尋ねる。
「足を怪我したんだ。診てくれないか。それと今日泊めてくれ」
ゲイルは顔を顰めたあと「わかった」と呟き「いつものところでいいよな」と言った。
私の方を見て「お嬢ちゃんは隣の部屋を使いな」と顔は怖いまま優しい声で言った。
「あ、いえ、私は……」
断ろうとすると、ゲイルの顔が更に怖くなり「お世話になります」としか言うことを許されなかった。
「じゃあ、診させてもらうぞ」
私にドレスの裾を少し持ち上げるように言って、怪我した足の手当てをする。
手際がよくあっという間に終わった。
「三日ほど安静にしてたら治る」
ゲイルはぶっきらぼうに言う。
「ゲイルは顔は怖いけど腕は確かなんです。安心してください」
「シオン。それはどういう意味だ」
「そのまんまの意味だよ」
ゲイルの目つきが鋭くなるがシオンは気にせず笑っている。
「シチュー食べるか?」
ゲイルは呆れたようにため息を吐いた後、お腹は空いてないかと尋ねた。
「うん」
「あ、私は……」
大丈夫、と断ろうとするがそれより先に「お嬢様のも頼むよ」と言われてしまう。
「わかった」
ゲイルは台所にいき、料理の準備を始める。
今更いらないと言っても迷惑だし、それにお腹が空いているのは事実なので、ゲイルさんがいいと言っているので甘えることにした。
「すごくいい匂いです。とても美味しそう」
温かい料理を食べるのも、美味しそうな料理を食べるのも久しぶりだった。
一口食べると、あまりの美味しさに感動した。
あっという間に食べ終わり、少し残念に思っていると「まだ食べるかい?」優しい声で聞かれ、その声に導かれるように頷いてしまった。
ゲイルは嬉しそうに笑った。
(笑ったら可愛くなるんだな)
そう思ってると隣から「笑うと別人みたいですよね」と小声で話しかけられた。
私はそれに「はい」と返事をした。
「では、お嬢様。おやすみなさいませ」
シオンは食事を終えると部屋まで私を案内してくれた。
「あの、本当ありがとうございます。あなたのお陰で助かりました。なんとお礼を申し上げたらいいのか……私にできることならなんでもおっしゃってください。必ず、お返ししますので」
お金は結構あるので、大抵のことならなんとかなるはずだ。
「その必要はありません」
シオンは首を横に振る。
その言葉に私は驚いてしまう。
本当に見返りもなく人助けをする人がこの世にいるんだと。
だが、シオンの言葉の続きを聞いて更に驚いてしまった。
「私はオルテル家の騎士なので」




