幸せと切なさ
次に向かった場所はネモフィラ畑が有名なルルシオの街だ。
ルルシオの街ではいろいろと大変なことがあった。
特に、エニシダの寝巻き姿を見たときは申し訳なさと恥ずかしさとほんの少しだけ嬉しい気持ちがあり、自分の浅はかさに幻滅した。
次に顔を見合わせたときも恥ずかしさがお互いに残っていて、ぎこちない会話が続いたが、朝食を食べていたら、いつの間にか元通りになった。
エニシダはたくさんパンをおかわりした。
頬がリスのように膨らんでいて可愛かった。
もぐもぐ、と食べている姿は貴族令嬢とはかけ離れていたが、好きなように食べるのが一番料理は美味しいと思う。
目を輝かせてパンを食べるエニシダを見るのは幸せだったが、同時にオルテル家での料理を思い出し、自分に力があったら、もっと早くに美味しい料理をたくさん食べさせてあげられたのにと後悔が募る。
これからは、ずっと美味しい料理だけを食べさせてあげたい。
ルルシオにきてから、ずっと雨が降っており止んだのは四日目だった。
ようやく目的のネモフィラ畑に行けることができるとエニシダは喜んだ。
シオンも彼女と一緒に花畑に行けることが嬉しくて、いつもより頬が緩んでいた。
花畑で昼食を食べると決め、お互いに食べたいものをたくさん買ってから向かった。
道中の道のりはオルテル家で魔物討伐をしていた頃より楽で、シオンには余裕だったが、監禁状態に近い生活をおくっていたエニシダには山道は大変だった。
でも、行くまでの道のりの景色もとても美しく、楽しむのには困らなかった。
前日まで雨が降っていたせいで、葉に雨粒が付いていた。
その雨粒に太陽の光が当たると、まるで宝石のようにキラキラと輝いて、光の中を歩いているように感じさせた。
もちろん、それは太陽が雲に隠れるまでの間だけだが、隠れた後にもう一度太陽が出て光の道ができたときの景色は言葉を失うほど圧倒された。
先にこんな景色を見たら、ネモフィラ畑を見たらガッカリしてしまうのではと心配になる程だったが、それは杞憂に終わったので良かった。
「綺麗ね」
隣でエニシダがネモフィラ畑を見て、そう呟いた。
こちらも葉と同じように花に雨粒が乗っていて、太陽の光でネモフィラが光り輝いているように見えた。
エニシダが言った通り、綺麗以外の言葉が似合わないほど、今見ている景色は人を圧倒するほど綺麗だった。
「はい。とても綺麗ですね」
シオンはエニシダの横顔を横目でチラッと見ながら言った。
暫く、ネモフィラを見ていたとき、ふと昔の知り合いの言葉を思い出し、それをエニシダに伝えると夜までここにいることが決まった。
元々は夕方にまでは戻る予定だったので、何の準備もしていない。
季節的に夕方まで暖かくても、夜になると肌寒い。
シオンはエニシダを残して街に戻るのは心配だったが、一緒に街に戻って、もう一度山に登るのは彼女には無理だとわかっていたので、なるべく早く戻ってくるために全力疾走で山を降り、登った。
戻ってくると彼女の顔は柔らかく、手には飴が入った瓶を持っていた。
さっきまで持っていなかったはずなのに、と不思議に思った。
聞いたら、画家にもらったと言う。
そういえば、さっき男性とすれ違ったことを思い出し、あの人なら大丈夫そうだなと警戒心が薄れた。
でも不安なので先に食べ毒が入ってないことを確認して、エニシダが口に運んでも何も言わなかった。
飴はとても不思議な味がしたが、美味しかった。
夜になると思った通り、寒くなりブランケットが活躍した。
それでもエニシダは寒そうで、自分の上着を脱いで着せた。
最初は受け取ろうとしなかったが、鍛えているから大丈夫だと言えば、申し訳なさそうにお礼を言ってからきてくれた。
正直に言えば、エニシダが隣にいるだけで勝手に体温が上がり、寒さなど全く感じなかっただけだ。
隣に彼女がいなければ、きっと寒さを感じたはずだ。
さっきまで青白かったエニシダの顔色は、少しずつ本来の顔色に戻っていった。
良かったと安心すると、星が出ていることに気づいた。
一番星だった。
嬉しくて子供のようにはしゃいでしまい、少しだけ恥ずかしくなったが、エニシダは全く気にする様子もなく、同じようにはしゃいでくれた。
これからも一緒に星を見る約束もした。
幸せと切なさに胸が苦しくなり、涙が出そうになったが、何とか耐えて笑顔を浮かべた。




