ありがとう。さよなら
その祈りが届いたのか、屋敷を飛び出してエニシダ捜索をしていると、そんな離れて居ないところから知っている声が聞こえた。
騎士の先輩の声だ。
鍛錬をサボることしか頭にない人だ。
きっと、今もサボっているのだ、と思って通り過ぎようとしたら、彼女が先輩たちに捕まる直前のところだった。
先輩たちはニヤケ面でエニシダを取り囲み、失礼な態度をとっていた。
シオンは自身の体が一瞬で炎のように熱くなった。
怒りで我を忘れそうになった。
エニシダの前で人を殺すわけにもいかず、自分で自分の腕を傷つけ、痛みで冷静さを取り戻そうとしたが、その程度では怒りの方が強すぎて忘れられなかった。
早く助けなければと走り出したと同時に先輩騎士が乱暴にエニシダの腕を掴んだのを見てしまった。
その瞬間、抑えていた怒りが爆発して、気づいたら先輩騎士たちを倒していた。
やらかした、と反省しながらシオンは生存確認をした。
幸い全員息をしていた。
良かった、とホッとした後に深呼吸して落ち着きを取り戻した後に、怖がらせないように柔らかい口調でエニシダに話しかけた。
昔とは違い、呼び方も言葉遣いもお互い変わったが、もう一度彼女と話すことができてシオンは泣きそうになった。
そんな喜びも束の間、エニシダに異変が起こった。
さっきまでの恐怖のせいで腰が抜け、足に力が入らないみたいだった。
暗いから確信は持てないが、足が腫れている気がした。
もっと早くきていれば、いやそれよりももっと先に見つけていれば怖い思いをさせずに済んだのにと後悔した。
一刻も早く治療しなければと、エニシダをゲイルのところまで連れていくことにした。
ゲイルはエニシダを見るや否、一瞬目を見開き驚きを隠せていない様子だったが、すぐに元通りになった、と思ったが緊張しているのか、いつもより無愛想になった。
追手が来ないか心配だったが、エニシダを野宿させるわけにはいかず、一晩だけゲイルのお世話になることにした。
ゲイルが何度も視線を寄越してきたが、それには気づかないふりをした。
きっと、彼には自分が何を考えているのか全て気づかれいていたのだろう。
さっき、エニシダとした会話も聞かれていた。
何か言われると思ったが、ゲイルは何も言ってこなかった。
朝になっても何も言われなかった。
ゲイルはエニシダと仲良く朝食の準備をしていた。
少しずつ別れの時間が迫ってきている。
もう二度、ゲイルに会えないと思うと少しだけ寂しくなった。
きちんとお礼とお別れの挨拶をしようと考えていると、先にゲイルから話しかけられ、ブレスレットを渡された。
なんでこれを、と思いながら首を傾げながらゲイルを見ると「変身魔道具だ」と言われた。
このブレスレットは髪の色を変えることができると。
正直に言うと助かった。
髪を染める用品を用意していたが、慌てていて持ってくるのを忘れていた。
だが、それよりも驚いたことがある。
まさか、ゲイルがエニシダの正体に気づいているとは思ってもいなかった。
気づいていたのか、と尋ねるとゲイルから返ってきた言葉を聞いて、確かにそれなら気づくのは当然だと思った。
ゲイルだったから良かったが、他の人だったらと思うと肝が冷えた。
もっと用心しなければ、と改めて気が引き締まった。
ゲイルの口から紡がれるエニシダの名は優しくて、一文字、一文字、心を込めて言っているのがわかる。
長い沈黙が自分たちの間に流れた。
お互いわかっていた。
これが最後の会話だと。
それを確信するためか、ゲイルが「もう、戻ってこないつもりか?」と尋ねてきた。
ああ、と言いたかったが、ゲイルともう二度会えなくなると思うと声が出てこなかった。
何も言えずにいると「後悔のないように生きろよ」と言われ、ようやく返事をすることができた。
やっぱりゲイルには自分が最後にどうするつもりなのか気づかれているような気がしたが、それには触れられなかったのでホッとした。
ゲイルとサクッと別れたが、目頭が熱くなり涙が一筋だけ流れた。
後ろを見れば、さらに涙が溢れてきそうで見ることができなかった。
エニシダは前を見ているとので、涙を流したことには気づかれなかった。
シオンは心の中でゲイルに感謝の気持ちと別れの挨拶をもう一度した。
ありがとう。そして、さようなら。と。




