エニシダの正体
「ねー、聞いた?また、あのお嬢様がやらかしたらしいわよ」
「えー?本当に?最悪だわ。全くいい迷惑だわ。貴族だからって、何でもかんでも好き勝手しないでほしいわよね」
「わかるわ。迷惑かけられるのは私たちなんだから」
「姉であるはずなのに妹であるアドリアナ様と大違いだわ。エニシダ様は」
シオンは今日もオルテル家の長女の悪口を言っているのか、と呆れながら四人の夫人の会話を聞き流しながら、その場を通り過ぎようとしたら、会いたかった女性の名前を聞いて立ち止まってしまう。
(今、エニシダ様って……いやそれより、エニシダはオルテル伯爵の娘なのか?)
信じられなくて、聞き間違いであってほしいと願い、夫人たちの会話を立ち聞きしてしまう。
いけないことだとわかっていても、止めるわけにはいかなかった。
「アドリアナ様は容姿も性格も天使のように愛らしく優しいのに、エニシダ様は金遣いは荒く、いつも伯爵様の邪魔ばかりしているそうよ。男好きで有名だけど、誰にも相手にされてないそうよ。だから、社交界で恥をかいて最近は全く行ってないそうよ」
「伯爵令嬢でなければ殴ってやったのに!あー、本当にムカつくわ。私たちが必死に働いて収めた税金があの女に使われていると思うと許せないわ」
「あんな女に'様'なんてつけたくないわね」
ルールである以上、貴族の名前を呼ぶときは必ず地位を表すものか'様'をつけなくてはならない。
「本当よ。私たちの方があの女より、よっぽど相応しいと思うわ」
一人の夫人が放った言葉に全員が頷き「その通り」だと思った。
夫人たちの会話を最後まで聞いていたシオンは拳を強く握り過ぎてたを流した。
怒りで我を忘れそうになった。
(何も知らないくせに勝手なことばかり言いやがって!)
殴りかかりたかったが、そんなことをしたら彼女が悲しむ姿が簡単に想像できてやめた。
文句の一つでも言いたかったが、言ったところで夫人たちには信じてもらえず、話の種にされそうだ。
(いや、それより本当にエニシダはオルテル家の人間なのだろうか)
オルテル家のことは殺したいほど憎んでいるし恨んでいるが、エニシダがオルテル家の人間だと知っても何も思わなかった。
シオンにとって大切なのはエニシダに助けてもらったという事実だけで、彼女がどこの家で、誰が両親かは関係なかった。
(確かめないと)
夫人たちの話に出てくるエニシダが自分が知っているエニシダと同一人物かをまずは確かめる必要があった。
同じ名前の人間はいる。
夫人たちの言うエニシダはシオンの知っているエニシダとは真逆だ。
名前だけが同じな別人の可能性の方が高い。
それでも、初めてエニシダと別れてからつかんだ有益な情報であるため確かめないわけにはいかなかった。
シオンは彼女がオルテル家の令嬢であって欲しいと思いつつも、違っていて欲しいとも思った。
矛盾しているとわかっていたが、会いたい気持ちとオルテル伯爵の娘だと言う関係を受け入れたい、受け入れたくないと感情がせめぎ合っていた。
早く確かめたくて走ったが、やっぱり知りたくないとなって立ち止まるをオルテル家に着くまで何度も繰り返した。
オルテル家に仕える人たちにバレないようにエニシダを探したが見つからない。
この屋敷にいるのは間違いないのに、いったいどこにいるのだろうか。
伯爵、夫人、妹のアドリアナはすぐに見つけられることができた。
エニシダを探しているうちに使用人たちの顔を覚えてしまった。
それほど長い時間、オルテル家を調べているのにエニシダだけがどうしても見つからない。
正面からではなく裏から探してみるかと場所を移動していると、屋敷から少し離れた場所に寂れた小屋があった。
オルテル家に侵入できないよう柵があるので、その小屋を調べることはできないが、窓があるので中を覗けることは可能だ。
シオンは周囲を見渡した後、よさげな木に登り、上から窓の中から見える小屋を目を細めて観察した。
人がいるのはなんとなくわかるが、窓の付近にこないため顔が見えない。
伯爵令嬢であるエニシダがこんなところにいるはずはないとわかっているのに、なぜかその場から動けなかった。
ただ、小屋の中にいる人物を確認しなければと本能が訴えていた。
それに従うように顔が見えるまで、木の上にずっといた。
太陽が真上を通り過ぎて下に落ち始めた頃、小屋の扉が開き人が出てきた。
シオンは出てきた人物を見ようと必死に目を凝らしたが、開いたままの扉が邪魔で顔を見れなかった。
早く扉を閉めろ、と思いながら今か今かと待っているとその祈りが届いたのか扉は閉められた。
まるでスローモーションのように小屋から出てきた人物の顔がゆっくりと現れた。
「うそ……だろ」
なんとなくわかってはいたが、実際に目にするまでは信じられなかった。
いや、信じたくなかったが正しいのかもしれない。
小屋から出てきたのはエニシダだった。
正真正銘、シオンを助けた女の子だ。




