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仕返し


(よくやった。完璧だったわ)


ここ三年で私の評判は地の底まで落ちた。


だが、さっきまでの私は「完璧な淑女」として讃えられていた過去の自分以上だったと思う。


もし彼の中で私を思い出す日があるとするならば、今日の私であって欲しいと願う。


彼の残りの人生はきっとリナリアと過ごすことになる。


だから、せめてこれくらいのことは許して欲しい。


もう、きっぱり諦めるから。


私は屋敷に戻るまでの間、イフェイオンの想いを全て忘れるかのように静かに涙を流した。




※※※




屋敷に着いたのは夕方だった。


私は急ぐことなくゆっくりと部屋へと向かった。


どうせ今日も誰も私に会いにこないのだから、と。


誰にも会わないよう気をつけながら部屋に戻ると、なぜかそこに夫人とアドリアナがいた。


(うそ……どうして今日に限って)


逆光で彼女たちの顔は見えないが、夫人の目は娘に向けないような冷たい瞳で睨みつけている気がした。


その予想は当たっていて、彼女が私に近づくたびにどんな表情をしているのかはっきりと見えた。


バチンッ!


私は夫人に思いっきり頬を叩かれ、その反動で床に倒れ込んでしまう。


思いっきり叩かれたせいで口から血が出た。


「エニシダ。あなた今までどこに行ってたのかしら」


夫人はゴミを見るような目で私を見下ろす。


隣ではアドリアナがクスクスと馬鹿にするように笑っていた。


今までの私なら二人に嫌われたくなくてすぐに謝っていたが、今は二人に嫌われようがどうでも良かった。


むしろ、もっと嫌われたいと思うようになっていた。


「ルーデンドルフ公爵家に行ってました」


イフェイオンに会っていたと言うと二人は目を見開き、怒りを露わにした。


夫人は公爵家に私が呪われたことを知られて恥をかいたと怒鳴り、アドリアナはイフェイオン様の同情でもかいに行ったのか怒鳴り散らすが、彼女の瞳は羨望に近い眼差しだった。


私が死ぬ前に結婚して、一生イフェイオンを縛り付けるのが許せないみたいだ。


私はただ公爵家に行ったとしか言ってないのに「イフェイオン様が可哀想よ」と泣き喚いている。


夫人はそんなアドリアナを放っておいて、私が呪われた事実をどうすれば隠せれるのかと頭を悩ませていた。


もうすぐ死ぬ人間の前でよくも自分の欲を満たすことを考えれるなと呆れてしまう。


今までこんな人たちに愛されようと努力していた自分が情けなく馬鹿らしくなってしまう。


「イフェイオン様に婚約破棄を願い出ました」


さっきまでうるさかった二人が私の言葉を聞いて静かになる。


夫人は何を言っているのか理解できないのか放心し、アドリアナは私と彼が婚約破棄するかもしれないと知ると、パァと花が咲いたみたいに嬉しそうな表情を浮かべた。


私と彼が婚約破棄をすれば自分にもチャンスがあると思っているのだろう。


姉が呪われたため、次の一番の候補者は自分だと。


私達の婚約は家同士の繋がりを強めるものだったから。


父からなぜ私が彼と婚約する羽目になったのか、理由は教えてもらえなかったが、教えてもらえなくても理由はそれしかない。


だが、私の代わりに妹とが彼の婚約者になることはないだろう。


客観的に見てもアドリアナにその器はない。


ルーデンドルフ公爵がそれを許さないだろう。


「私が呪われていてることも、その呪いが解けることもないということも伝えました」


夫人の顔が真っ青になる。


髪と瞳の色を変える魔道具があるため、それを使って変えただけと言い張ることもできたが、私が「呪われた」とイフェイオンに伝えたため、それもできなくなったからだ。


貴族にとって呪いとは恥ずべき汚点。


面白おかしく噂され、有る事無い事言われる。


呪われた本人もその家族も。


それを避けたかった夫人にとって、私のしたことは最悪なことだった。


夫人の顔を見ると、少しだけスッキリした。


今までされたことに比べたら大したことのない仕返したが、最後の最後に自分の意志で彼女に反抗できたことが誇らしかった。


「お姉様」


いきなりアドリアナが抱きついてきた。


今まで一度も私に触れようとしてこなかった。


指先がほんの少しでも触れただけでも嫌がるのに。


「私、お姉様が呪いで死ぬなんて耐えられません。こんなに優しいのに」


泣きながら私に死んでほしくないと言う。


さっきまでの態度とあまりにも真逆で、「あまりにも恐ろしい女」だなと思わずにはいられなかった。


「さっき言った言葉は本心ではありません。お姉様なら、わかってくれますよね」


急に態度を変えた理由はよくわからないけど、「あなたのことをわかるつもりなんてない」とはっきりと伝えたかったが、曖昧に微笑んで何も言わなかった。


そっちの方が彼女にはいいと思ったから。

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