向日葵畑
本当は嬉しかったのだ。
醜い部分を知っても変わらない態度も、それを「美しい」と言ってくれたことも、全部が本当は嬉しくて堪らなかった。
でも、それを認めたら、もう一度あんな地獄のような世界に戻ることになったら耐えることができないからだ。
今はほんの束の間の幸せを過ごしているだけだ。
この烙印を消さない限り、終わることのない悪夢は続く。
だから、女の子の言葉を受け取るわけにはいかないのだ。
例え、自分の気持ちを捨てることになるとしても。
ずっとやってきたことだ。
今更、自分の感情に蓋をしたところで大したことではない。
シオンは自分にそう言い聞かせて、彼女の言葉を拒絶した。
ペンは剣よりも強し。
初めてこの言葉を聞いたときは理解できなかったけど、ようやく今それを身にしみて理解した。
女の子の言葉はどんな暴力よりも、より強く、より深く、シオンの心の奥に傷をつけ、作り上げた平穏を破壊した。
「ついてきて」
シオンが何も言わないでいると、いきなり手を掴まれ、女の子に引っ張られるようにして歩かされた。
シオンは抵抗もせず、黙ってついていった。
どうしてそうしたのか、シオン自身もよくわかっていなかった。
これ以上一緒にいたら、今以上に傷つくかもしれない。
そう思うのに、女の子のそばを離れたいとは思わなかった。
目的地に着くまで会話は一切しなかった。
シオンは気まずくて何度も話しかけようとしたが、その度にまた酷いことを言うかもしれないと思い、結局最後は何も言えずにいた。
そうしているうちに二人は目的地についた。
女の子が突然止まり、シオンはぶつかりそうになるもギリギリで止まった。
「ついた。見て。綺麗でしょう」
顔を見なくても声から女の子が笑っているのが想像できた。
シオンはその表情が見たいと思ったが、言われた通り、女の子が見せたかったものを見るために視線を前へとうつした。
「……っ!」
あまりの美しさに圧倒され言葉を失った。
綺麗だと思った。
向日葵が太陽の光で輝いていた。
前見たときは下から見たせいで、怖く感じてあまり好きになれなかったが、上から見た向日葵畑は黄金の川のように見えるほど綺麗だった。
「昔ね、初めて向日葵を見たときはあまりの大きさに驚いて泣いたことがあるの。怖くて二度と見たくないって思ったの。でも、この場所をたまたま見つけて、上から向日葵を見たら、全く違う感情が湧いたの。不思議よね。同じ花なのに、見る場所で変わるなんて」
心でも読まれたのかと思った。
そんなはずはないとわかっているのに、あまりにも思っていたことと同じで驚いた。
心臓が別の意味で早くなった。
(見る場所。見方で変わる、か)
そうなのかもそれない。
そう思ったが、それでも自分の状況が変わることはないだろう、と思った。
女の子の言葉が正しいとわかるし、その考え方の方が好きだとも思った。
だけど、それでこれまでの常識が覆ることはないとわかっていた。
自分が'悪魔の子'になってわかったことがある。
人は自分より圧倒的に劣っているものを見るのが好きだということ。
自分より劣っている存在がいるという事実だけで、自分はあいつよりマシだ、まだ大丈夫だ、と安心できる。
それに何より、相手が罪人の子なら、何をしても許されると思える。
人間として扱わなくていい、存在自体が罪なのだから、と自分を正当化することができ、正義を執行しているように錯覚してしまう。
相手に心があるとは思っていないのだ。
そんな彼らの根本にあるのは、正義ではなく優越感だ。
それを満たしてくれる存在である'悪魔の子'をなくすことなんてできない。
もしかしたら未来ではなくなるかもしれない。
だが、自分が生きている間にそれが叶うことはないと確信に近い予感がしていた。
(なんか、馬鹿みたいだな)
シオンは急に全てが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
ーーなんで俺があいつらの優越感を満たすだけに生きていかないといけないんだ!
もう死ぬか、ここから飛び降りるか、とゆっくりと端に近づいていると「下に降りよう」と女の子に腕を引っ張られた。
いきなり後ろに引っ張られ、転ばないようにするのがやっとで、気づいたら下に降りていっていた。
「まだ怖いけど、今日は一人じゃないから大丈夫よ」
女の子は向日葵に向かって指を差し、よくわからない宣言をしていた。




