手当て
「かけるよ。痛かったら言ってね」
「わかった」
シオンがそう言うと、女の子はゆっくりと手のひらで掬った水を怪我したところにかけた。
水がかかったところが少しだけ痛かったが、シオンは最後まで我慢した。
汚れを綺麗に水で洗い流すと、女の子はハンカチを取り出して拭き始めた。
それは流石にまずい、と思ったシオンが慌てて「そんなことはしなくていい」と言ったが「動かないで」とさっきまで優しかった女の子の口調が強い口調にかわり、驚いて固まってしまった。
最後までふき終わると、ハンカチの全体に血が染み込んでいた。
シオンは「弁償する」と言いたかったが、そんなお金はなく、申し訳なさから「ごめん」と謝罪を口にした。
「なにが?」
女の子はなぜ謝られたのかわからなかったのか、不思議そうに首を傾げていた。
シオンは顔を下に下げたまま「俺のせいでハンカチが汚れたから」と言った。
それに対して女の子は首を傾げながら「それがどうしたの。治療の方が大丈夫じゃない。ちゃんと治療しないと、大変なことになるかもしれないのよ。ハンカチ一つでそれを防げるなら、ハンカチもきっと満足よ。だから、謝る必要はないわ。気にしないで」と最後は本当に気にしなくていいという風に微笑んだ。
「……あ、ありがとう。そう言ってもらえて、すごく嬉しいよ」
悪魔の子、として過ごし始めてから誰かに心配してもらえたことがなかった。
怪我しても、誰も手当はしてくれない。
怪我しても、次の日には働かないといけない。
それがシオンの中では当たり前だったのに、女の子のせいで、せっかく諦めた人の温もりをまた信じてみたくなった。
「じゃあ、続きをするね」
そう言うと、女の子は鞄から薬を取り出し、それをシオンに塗り始めた。
塗り終わると、その場所が汚れないように鞄の中に入っていた包帯を巻いた。
シオンは全身傷だらけだったので、気づいたらミイラ男みたいになっていた。
流石に大袈裟では?とシオンは思ったが、女の子が満足げだったので、なにも言わずにいた。
「ありがとう。助けてくれて」
シオンは照れ臭かったが、きちんと女の子の目を見て、お礼を言った。
彼女の大きな目と目が合うと、妙に心臓が高鳴り速くなるので、あまり見たくなかったが、気になってつい見てしまう。
「どういたしまして。今度からは怪我したら、その度にちゃんと治療してね」
女の子はシオンが今まで怪我をしたら放置していたと知り怒った。
きちんと手当てをしなければ、悪化する可能性もある、と。
あそこにいたら、そんなことはできない。
女の子はシオンがいた場所を知らずに酷いことを言っていたが、シオンは彼女に怒られたことが嬉しくてしかたなかった。
酷いことを言われたとも思っていなかった。
自分が言わないから、知らないから、心配して言っているだけだから、と。
「うん。するよ。約束する」
今までの人生で一番穏やかで幸せな時間をシオンは過ごしていた。
だが、幸せな時間とはいつか終わりがやってくる。
シオンと女の子以外の声が近づいてくるのが聞こえてきた。
その声が耳に届いた瞬間、シオンは我に返った。
この顔を見られたら、またあの場所に連れ戻される。
逃げなければ、そう思うのに足が動かなかった。
嫌だ、そう思ったそのとき「こっち」と手を掴まれた。
女の子は何も言わずにシオンの手を掴んだまま走った。
さっきまで金縛りにあったみたいに動かなかったシオンも一緒になって走った。
(また助けてくれた)
何も言わずに助けてくれた女の子の後ろ姿が、シオンには神様のように見えた。
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
結構な距離を走ったため息がきれ、二人とも地面に寝転がった。
「ありがとう」
今日何度目かわからないお礼の言葉をシオンは口にする。
「……何も聞かないの?」
女の子が何も聞いてこないので、耐えられなくなったシオンの方から聞いた。
「何を?」
本当にそう思っているのか、それとも気づかないふりをしてくれているのか、女の子の顔からは判断できなかった。
「俺の顔のこと」
シオンは単刀直入に聞くことにした。
「顔?顔がどうかしたの?」
女の子の反応を見るに、本当に何を言われているのかわからないと言った感じだ。
「悪魔の子を知らないのか?」
「知らないわ。何なの、それは?」
悪魔の子を知らないのか、と逆に驚かされた。
彼女といるせいか、今日一日は消えたと思っていた感情が現れ出した。
「俺の顔に浮かんでいるの見えるか?」
女の子に顔を近づけて見えやすくする。
「うん。見えるよ」
「これが悪魔の子の烙印なんだ」
「どういうこと?」
女の子はシオンの言っていることが理解できず首を傾げる。
シオンも詳しくは知らないが、聞いた話をそのまま説明した。
説明しながら、なんで自分が'悪魔の子'であることを証明する説明してるんだ、と疑問に思うが、真剣に話を聞いてくれる女の子のせいで止めるに止められなかった。




