最初で最後の手紙
「綺麗だな」
シオンはエニシダの顔を見て呟く。
寝ているようにも見えなくないほど、彼女は穏やかな表情をしていた。
もしここに他の人がいれば、きっと気持ちよさそうに寝ているな、と勘違いしただろう。
シオンはしばらくエニシダのことを見つめていた。
もう二度と目が合うことはないとわかっていたが、それでも見ていたかった。
ふと視線をずらしたとき、白い封筒が見えた。
はっきりとそれを捉えて、ようやくそれが手紙だとわかった。
宛名を確認すると「シオン」と書かれていて、自分宛だと知った。
産まれて初めて誰かから手紙をもらった。
ずっと好きだった人から貰えた手紙は、嬉しいのに素直に喜ぶことができなかった。
シオンは破れないように慎重にゆっくりと封を開けた。
なんて書いてあるのか気になるが、怖くてなかなか見れなかった。
意を決して読むことを決めて、紙を開いた。
『親愛なる私の最初で最後の友人へ
この手紙を読んでいるということは、私は既に死んでいるのでしょう。
きっと、私は何も言わずに一人で勝手に死んだはずです。
ここで謝ります。ごめんなさい。……』
シオンはここまで読んで、一旦目を閉じた。
目頭が熱くなり、涙が流れそうになったからだ。
涙がこぼれないように上を向き、目頭を押さえた。
落ち着きを取り戻すと、手紙を読むのを再開した。
『……あなたは優しいから、きっと私の死を見届けるつもりだったでしょう。
でも、それだけは決して、してはいけないと思ったのです。
あなたは私に十分すぎるほど幸せな時間を過ごさせてくれました。
シオン。あなたがいなければ、私はきっと何もできずに後悔しながら死ぬことになっていたでしょう。
でも、あなたは私が死んだ後も人生は続きます。
そんなあなたに人の死ぬ瞬間を見せたくはなかったのです。……』
「最後くらい、わがままに生きればいいのに」
彼女は優しすぎるからできなかったのだろう、と頭の中ではわかっていたが、最期を看取りたかったと思わずにはいられなかった。
エニシダの意志を尊重したい、という思いと、酷い人だ、思う気持ちがシオンの中で産まれた。
『……あなたと旅した時間は私にとって、かけがえのない宝物です。
あなたがいなければ私はいろんな街を訪れることができなかったでしょう。
何も知らないまま死んでいたはずです。
ありがとう。シオン。
私はあなたのおかげで残り少ない人生を楽しむことができました。
全く後悔のない人生だった、と言えば嘘になりますが、未練はありません。
死ぬ、その瞬間まで、私は私を好きままでいれます。
それだけで十分すぎるほど、私にとっては幸せなことです。
本当にありがとう。
あなたには、どれだけ感謝してもしきれないほど感謝しています……』
(違う)
シオンはエニシダの手紙を読んで、何度も「違う」と心の中で叫んだ。
(俺を助けてくれたのはあなただ。あなたがいなければ、とっくに死んでいたのは俺の方だ)
気づけば、シオンの目から大量の涙が溢れていた。
止まることなくずっと流れ続けた。
『……私はこの日々の出来事を一生忘れることはないでしょう。
それは死んだ後もずっと。……』
(それは俺もです。俺も絶対に、ずっと、忘れません)
『……ずっと、私は覚えています。
だから、あなたはどうか忘れてください。
私のことを忘れて生きてください。……』
忘れてください。
その文字を見た瞬間、シオンの中で押さえつけていた感情が爆発した。
なんて酷い人なんだ。
そう思った。
そんなことできるはずなんてない。
少し考えたらわかるはずなのに、わざわざ言うなんてあまりにも酷い。
彼女は誰よりも優しく、誰よりも強くて美しい。
そして、誰よりも残酷な人だ、と思わずにはいられなかった。
頭ではわかっていた。
彼女が自分のためを思って言っていることは。
でも、心が追いつかなかった。
酷い人、悪い人だ、と文句を言ってやりたいのに、もうそれは二度と叶わない。
彼女が困ったように謝ることもない。
もう二度、会話をすることもできないのに、想像の世界でもそれをすることが許されないのか。
思い出すことも駄目なのか。
「あなたは何もわかっていない。俺のことを何一つ知らない。知っていたら、こんなこと言えないよ。言えるはずがない」
『……宿にお金を置いています。
それを使ってください。
私は使うことができないので、あなたに使って欲しいのです。
今まで私をずっと守ってくれて感謝しています。
あなたのこれからの人生が輝きに満ち溢れ、幸せな日々になることを祈らせてください。
共に旅をした黄色い花の友人より』
エニシダからの手紙を最後まで読み終わると、シオンは「本当に酷い人だ」と呟いた後、彼女と出会った時のことを思い出した。
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