秘密の花園 3
暫く歩いた後、木が生えていない場所に出た。
その代わり、あたり一面に色鮮やかな花がたくさん咲いてあった。
ここだけ世界が違っていた。
一目見てわかった。
この場所が「秘密の花園」だと。
「お嬢様。やりましたね。きっと、ここが秘密の花園ですよ」
シオンは少年のような笑顔を浮かべ喜んでいる。
私も同じように喜びたいが、上手く笑えない。
歩いているだけなのに、全力疾走したみたいに息がきれる。
シオンに支えてもらいながら、私は秘密の花園に足を踏み入れた。
その瞬間、風が吹き花びらが舞った。
ただの偶然だろうが、まるで祝福を受けたみたいだった。
花びらの中を歩くとはこんなに感動することなのかと思った。
一歩、一歩、歩くたびに花が蝶のように舞っていく。
まるで、貴族の結婚式みたいな光景で、新婦にでもなったみたいだ。
「この池が小説に出てきた池なんですね。想像していたより小さいですね。でも、すごく水が綺麗ですね」
(そうね。思ったより小さくて驚いたわ。でも、水は書いてあった通り透き通っていて綺麗だわ)
私は口を動かす気力もなく、心の中で返事をした。
シオンには私の言葉は届いていないはずなのに、柔らかい笑みを向けられた。
まるで、私の思ったことがわかっているみたいに。
そんなはずはないとわかっているのに、そうだったらいいなと思わずにはいられなかった。
「小説の中の二人の主人公はこの池でよく足をつけていたんですよね。私たちもせっかくならやってみませんか?」
(やりたい!)
私は言葉の代わりにゆっくりと頷いた。
それに対してシオンは嬉しそうに笑った。
それから上着を脱いで地面に敷いたあと、私をその上に座らした。
私の手はもう震えていて動かすのも大変だった。
シオンの腕を掴んでいたため、彼にはもうバレていたのだろう。
体を自由に動かせなくなっていることを。
だからか、シオンは私の靴を脱がせてくれた。
ドレスが濡れないよう裾をあげた後、ゆっくりと池の中に足を入れてくれた。
冷たい、と思うかと思ったが何も感じなかった。
もう感覚も無くなっていた。
自分の体の状態を知るたびに、死が少しずつ近づいてきていることを知った。
それを悲しいとは思わなかったが、もう少しだけでいいからこの時間が続いてほしいと願ってしまう。
私は何も言えずにいるが、寂しくなかった。
シオンが代わりにずっと話していてくれたお陰で一人じゃないと感じれた。
どれだけの時間が経っただろうか、シオンがそろそろ出ましょう、と言った。
だが、少ししてタオルがないことに気づいた。
私は気にしなかったが、シオンは私の足が濡れたままよくないと、慌ててタオルをとりに山小屋へと向かった。
何年も放置されているとはいえ、服やタオルはあった。
持ち主が亡くなった後、誰にも見つからずそのままだったのだろう。
汚いだろうが、濡れた足を拭くだけだし問題はない。
元々、濡れてもいいと思ったのもある。
シオンの後ろ姿が見えなくなると、私は最後の力を振り絞って立ち上がった。
さっきまでは一人で歩くことも困難だったのに、何故か今は普通に歩けるようになった。
理由はわからないが助かった。
私は濡れた足のままゆっくりと先へと進んだ。
シオンには話さなかったが、池を超えた更に向こうに真っ白な花がたくさん咲いてある。
これが本当の'秘密の花園'だった。
この白い花は魔法によって作られた、枯れない花として書かれていた。
誰が何のために作ったかは書かれていなかったが、山小屋にある大量の絵の中に見たこともない白い花の花畑の絵を見たときに、この場所は本当に実在しているのではないかと期待した。
シオンには悪いと思うが、ここには一人で来たかった。
小説での男の最期はここだった。
私も'秘密の花園'をもし見つけることができたら、ここで死にたいと思っていた。
彼は愛する人の腕の中で死ねたが、私は一人で死ぬべきだと思った。
ここまで一緒にいてくれただけでも感謝してもしきれないのに、死ぬ瞬間など見せたくはなかった。
いや、見せてはいけないと思った。
もしそんなところを見てしまったら、きっと一生記憶に残ってしまう。
それだけは、彼のためにもしてはいけない。
どうにかして一人になればいいのか、と思っていたときに絶好のチャンスがきた。
私はなるべく花畑の真ん中へと向かって進んだ。
「もう、ここで、いい、よね」
息がきれ始め、足も引きずり出した。
私の体から力が抜け、重力に引っ張られるように後ろへと倒れた。
ドンッ。
もう痛みすら感じなかった。




