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夜のネモフィラ


「これは話を聞いていた以上に凄いですね」


「本当ですね。ここまで凄いとは思っていなかったです。想像以上だわ」


私たちは夜のネモフィラ畑のあまりの美しさに圧倒された。


太陽の光に照らされたネモフィラの花たちも美しさだったが、夜はそれとは違った神秘的な美しさだった。


月の光で照らされたネモフィラの花たちは真ん中の白い部分が光っていた。


地面も少し輝いていた。


周りの木もなぜか輝きを放っていた。


黄金の光がひとつ、またひとつと現れた。


夢でも見ているのかと疑ってしまう光景が目の前で始まった。


風が吹くと青い花びらが舞う。


それだけでも圧倒され、夢ならば覚めないで欲しいと思わずにはいられなかった。


私はこの光景に心を奪われていたのに、なぜか昼にあったおじさんの言葉を思い出していた。




「ここは昔はな、眠り姫の墓地と呼ばれてたんじゃよ」


「眠り姫の墓地ですか?どうして、今は名前が変わったんですか?」


眠り姫の墓地。


墓地と名前がつくだけで少しだけ気味悪く感じ、なぜ昔はこんな美しい場所がそう呼ばれていたのか。


ただ純粋に気になって尋ねただけだが、ユーリの顔が少しだけ曇ったように見えて、聞いたらいけなかったのかと焦った。


だが、すぐにユーリの顔は元に戻り気のせいだったのかと思うほど普通に名前が変わった理由を話しはじめた。


「墓地ってついたのは、昔ある娘がここで亡くなったからなんじゃ」


「……」


名前に墓地がついたのだから、なんとなく予想はしていたが、そうだと言われると胸が苦しくなった。


「当時、その娘には恋人がいたんじゃと。ただな、その娘の恋人は貴族で身分が違った。お互いに愛していたが、男は貴族としての役目を果たさなければならなかった。領地が荒れ、領民を守るためには金が必要だった」


そこからの話は簡単に想像ができた。


貴族の間ではよく聞く話だ。


「そのため男はその娘を捨て、貴族の娘と結婚しなければならなくなった。もちろん男は愛を取ることもできた。だが、その代償はとてつもなく大きく、男にはその選択をする勇気がなかった。一人か、大勢か。男は選択を迫られ、大勢を選んだ。その結果、娘は捨てられ悲しみのあまり心を病んだ」


エニシダはユーリの話を聞きながら、まるで自分のようだと感じた。


痛いほど彼女の気持ちがわかった。


自分と彼女には決定的な違いはあれど、大切な人に捨てられる気持ちがどれほど辛いことなのかだけは知っていた。


「その娘が最期に男のことをどう思っていたかはわからん。ただ、その男の選択でこの街は栄えることができた。この場所もな」


ユーリはネモフィラの花を悲しそうな表情で見つめた。


「昔はここにネモフィラの花は咲いてなかったんじゃ。一輪もな」


一輪も?


大量に咲いてあるネモフィラの花が昔はなかったと教えられ驚いた。


話を聞いたから、なぜこの場所に咲くようになったかは想像がつくが、誰が植えたのかまではわからなかった。


「娘と男はよくここで逢瀬をしていたそうじゃ。娘にとっては大切な場所だった。だから、ここを選んだのじゃろう。自分の最期の場所に。娘が発見されたとき、本当に眠っていると勘違いするほど、穏やかに死んでいたらしい。だから、昔は'眠り姫の墓地'と呼ばれていたんじゃ」


ようやく、なぜ昔は'眠り姫の墓地'と呼ばれていたのかわかった。


彼女は最期に何を思ったのだろうか。


自分を捨てた男への恨みか?


それとも、まだ男を好きだったのだろうか?


私は、最期に何を思うのだろうか?


死ぬ時になれば彼女の気持ちを理解できるだろうか?


「この花はその娘さんへの弔いのために植えられたのですか?」


そうでなければいけない。


そうでなければ、彼女が報われない。


そうであって欲しいと願い尋ねた。


「ああ。その通りじゃ」


ユーリはゆっくりと頷いた。


良かった。


これで彼女の心が救われるとは思わないが、誰かが彼女の死を嘆いてくれている。


「この花はその娘が一番好きだった花じゃったそうじゃ」


「その人にとって娘さんはきっと大切だったんですね」


「どうじゃろうな。昔は自殺した者の魂が寂しいから一緒に誰かを連れて行こうと呪い殺していた、と言われていたくらいじゃからな。娘の好きな花を植えて、諦めさせようとしていたのかもしれんぞ」


「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。植えた人の気持ちは私には分かりませんが、この場所がとても大切にされていることはわかります」


「なぜわかるのじゃ?」


ユーリは首を傾げながら不思議そうな顔をする。


「美しいからです。私は初めてここに来ましたが、これほど美しい花畑を見たのは初めてです。手入れが行き届いています。今でもそうなら、昔もそうだったのではないかと思います。それになにより、この数の花を植えるのは大変です。根気がいります。ただ娘さんのことを恐れていただけならこの数を植えることはできなかったと思います。大切だから、だから人は何かを大切にできるのではないでしょうか」


もちろん、これはあくまで私の考えです、と付け加えた。


これは、そうであればいいなという私の願望に近い願いだった。


「そうじゃな。きっと、そうじゃろう。お嬢ちゃんのおかげで長年の疑問がとけたよ。ありがとな」


ユーリの顔はすっきりとしていた。


「どう、いたし、まして」


いったい何に対してお礼を言われたのかはさっぱりわからなかったが、役に立てたのならよかった。



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