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モデル


「絵のモデルですか?」


(私が!?)


一瞬、聞き間違いかと思ったが「ああ、そうじゃ。やっぱり嫌かの」と尋ねられ、聞き間違いじゃなかったと確認できた。


「いいですけど、やったことないので上手くできないかもしれませんけど……」


昔の自分なら、恥ずかしいと言って断っていただろう。


でも今はやってみようかな、と思える。


残り少ない人生だからいろんなことをやりたいと思うのか、それとも元々私はこういう性格だったのか、あるいは他の理由があるのかはわからないが、老人の頼みを引き受けることにした。


「大丈夫じゃ。ありがとう。引き受けてくれて」


老人は私の手を取り強く握りしめ、何度もブンブンと上下に動かした。




「じゃあ、そこに座ってくれ」


老人が指定した場所に座る。


さっき座っていた場所と大した差はない。


花の中に座っているのだから当然だ。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。ワシの名前はユーリじゃ。よければお嬢さんの名前を聞いてもよいかな」


「はい。エニシダといいます」


「エニシダか。とてもいい名前じゃな」


「ありがとうございます」


自分の名前が嫌いだった。


誰がつけたのかわからない。


父親に嫌われ、母親には捨てられた。


そんな二人につけられた名前なんて愛されていないみたいで嫌だった。


でも、不思議とユーリさんに名前を褒められたとき嬉しくなった。


自分を認められたように感じられたからかもしれない。


「ここには初めてきたのか?」


「はい」


「いいところだろ」


「はい」


「ワシは子供の頃からずっときておる。もう、一万回は超えておるじゃろうな」


子供のようにガハハハッと肩を大きく開けてユーリは笑う。


そんなユーリにつられてエニシダも笑った。


絵のモデルを引き受けたときは緊張で顔がこわばっていたが、いつの間にかエニシダは柔らかい笑みを浮かべていた。


ユーリはその表情になったエニシダを見ると筆を走らせていった。




「よし。できた」


ユーリは持っていた筆をおくとそう呟いた。


どれくらいの時間が経ったのだろうか。


絵のモデルを引き受けてからかなりの時間が経ったような気もするし、あまり経ってないような気もした。


ユーリさんと話すのが楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。


「見てもいいですか?」


「もちろんじゃ」


ユーリの傍にいき、完成した絵を見る。


「……これが私?違う人みたい」


ユーリが描いた女性はとても美しく、絵のモデルは私ではなく別人ではないかと疑うレベルだ。


「何を言っとるんじゃ。正真正銘、この女性はお嬢ちゃんじゃよ」


変なことを言うのう、とユーリは笑う。


(本当に私ってこんな風に見えてるのかな。だったら、嬉しいな)


自分を褒めているようで恥ずかしいと思いつつも、絵の私はいい顔をしていた。


「モデルのお礼にこの絵はお嬢ちゃんにあげるよ」


「いえ。そんな、受け取れません」


貰えたら嬉しいが、もうすぐ死ぬ私が持っていても意味はない。


それに画家は絵を売って生活費を稼ぐ。


タダで貰うのは気が引けた。


そんな私の表情から何かを察したのか、ユーリは少し考えてからこう言った。


「じゃあ、代わりといったらなんじゃが、これをあげよう」


ユーリは鞄から取り出したビンをくれた。


中には綺麗な青色の飴が沢山入っている。


「いいんですか?」


太陽の光で飴が宝石のように見えるほど美しい。


本当にこんな貴重なお菓子を貰っていいのかと不安になる。


「ああ。モデルのお礼じゃからのう」


「ありがとうございます。大切に食べます」


私は飴の入ったビンを大切に抱えながらお礼を言う。


ユーリは私の言葉を聞いて少し驚いた表情をしたが、すぐに優しく微笑んだ。


「さてと、ワシはそろそろ帰るがお嬢ちゃんはどうするんじゃ?」


まだ、空は明るいが心配でそう言ってくれているのが伝わる。


「私はまだここにいます」


「そうか。お嬢ちゃんに会えて良かったよ。また、いつか会えるといいな」


「……ええ。いつか、会えるといいですね」


きっとそんな日は来ないだろう、とわかっていたが、また会えたらいいなと思っていたので素直な気持ちを言った。




※※※




「ユーリ様。また、そんな格好であそこに行かれていたのですか?護衛もつけずに!」


老人は勝手にいなくなったことを咎める。


「そうじゃ。文句あるのか?」


悪びれもせずにそう言うと、老人は目を釣り上げてキツめの口調でこう言った。


「ありまくりです!もう引退した身でも、貴方様は元当主です。何かあったらどうするのですか!」


「ワシに喧嘩を売る馬鹿はおらんじゃろ」


「そういうことを……ん?それは、なんですか?」


ユーリが鞄から何かを取り出し見せてきた。


「今日描いた絵を特別に見せてやろう」


「いつも見せられていますが?」


「今日描いたのはこれじゃ!どうじゃ!今まで描いた中で一番の傑作じゃ!」


絵を見た老人は「おぉ」と感嘆の声を漏らした。


「ええ。とても美しい女性ですね。ユーリ様にこんな絵が描けるとは夢にも思っておりませんでした」


「なぁ、それって褒めてんの?それとも貶してんの?」


「それより、レナルド様がずっとお待ちになられてますよ。早く行かれませんと、また怒られますよ」


「父親が趣味を楽しんでいるというのに、息子がそれを邪魔するなどあってはならん。少しぐらい待つべきだ」


「レナルド様にも見せてあげればどうでしょうか。この絵はとても素晴らしいので」


「仕方ない。見せてやるか」


絵を褒められて上機嫌になったユーリはレナルドのところに向かった。


「はぁ。何年経っても面倒くさい親子だ。それにしても、美しい女性だったな。ついていけば良かったな」


老人は少しだけついて行かなかったことを後悔した。


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