神殿
「全く、いつまで私たちに迷惑をかければ気が済むのかしらね」
一緒に来て欲しいと頼んだわけでもないのに、何故か馬車に乗ろうとしたら既に伯爵夫人がいた。
神殿の目を気にしてついてくることにしたのだろう。
嫌なら着いてこなければいいのに。
私は夫人のことを場を無視して外の景色を眺めた。
そんな私の態度に腹を立てたのか夫人は更に嫌味を言った。
「せっかく、イフェイオン小公爵と結婚できるというのに、変な髪色になるなんて。いったい何をしたらそうなるのかしら?アドリアナなら私たちに迷惑をかけることもないのに。あなたは姉なのよ。妹の見本にならなくてどうするのよ」
「……」
私は聞こえないフリを続けた。
馬車の中にいるのだから聞こえないはずはないが、それでもそうした。
伯爵も同じように私に返事をするようにも、夫人に静かにするようにも注意しなかった。
ただ、黙って目を瞑っていた。
そんな私たちの態度に夫人は怒るも、何も言っても反応しないため言う気力が失せたのか、顔を横に向け神殿に着くまでの間ずっと外を見ていた。
※※※
「申し訳ありません。私どもにはお嬢様をお救いすることはできません」
神殿に着くなり、私を見た1人の神官はどこかに走っていった。
神殿では走るのは禁止事項のはずなのに神官が破っていいのか、と不思議に思っていると1人だけ他の神官とは違う服装をした人がさっき走ってどこかにいった人と近づいてくるのが見えた。
服装であの人が教皇なのだと分かった。
彼と目が合うった。
悲しそうな目をしていた。
何故そんな目で私を見るのかわからなかったが、申し訳なさそうに謝る姿を見て悟った。
診察などしなくても一目でわかるくらい死ぬことが確定しているのだと。
だが伯爵は教皇の態度が気に入らなかったのか、診察もせずに何故そんなことが言えるのか、と詰め寄った。
自分は伯爵だ。馬鹿にしているのか、と彼らを罵った。
夫人も同じように彼らを罵った。
世間では彼らが私の親だと認識されていることが恥ずかしいと思うほど、二人の姿は酷かった。
教皇が私にかかった呪いを説明し、それは不治の呪いで七百年前から確認されていたが、偉大な魔法使いにも聖女にもどうすることはできなかった、と聞いてても納得できなかったのか治すように求めた。
令嬢たちの話を聞いた後から、伯爵の態度や言葉で愛されてないと思っていたが、必死に私を助けようとしているのを見て、この感情はやっぱり勘違いだったのではないかと、一瞬だけそう思ってしまった自分を恥じる。
「娘はイフェイオン小公爵と結婚して公爵家の人間になるのだぞ!どれだけ価値のある人間かわからないのか!金ならいくらでも払う!どうにかして呪いをといてくれ!」
(やっぱりね。あなたが私の心配をするはずなんてないわよね)
これ以上、父の無様な姿を見ていたくなくて私はその場をそっと離れた。
二人が神殿から出てくるのに、そう時間は掛からなかった。
父は私とイフェイオンの結婚が白紙になることを恐れて、どうすればいいのかと頭を抱えていた。
夫人はそんな父とは真逆で私が呪われて死ぬという事実が嬉しいのか、心配そうな表情で「きっと大丈夫よ」と言うが、口角が上がっているのが隠しきれていなかった。
行きと違い帰りの馬車の中は空気が異様で、屋敷に着くまでの時間が長く感じた。
※※※
死ぬとわかったいま、私は残りの人生何をしたいのかわからなかった。
ただ一つわかっているのはこのままではダメだということ。
最後くらい自分の好きなように生きて死にたいと思った。
そのためには家から出ないといけない。
ここにいては私は何もできず、後悔したまま死ぬことになる。
それだけは嫌だった。
家を出たあとのことを考えるとお金がたくさん必要になる。
でも、私は妹と違いお小遣いはない。
使えるお金がない。
ドレスや宝石を売ればいいかもしれないが、私にはそのドレスや宝石がない。
どうやってお金の調達をしたらいいのかわからず頭を抱えていると、一つだけ宝石を持っていたことを思い出した。
イフェイオンに十五歳の誕生日おめでとうのときに貰った宝石だ。
もしかしたら、あれは誕生日の贈り物ではなく、婚約者への贈り物だったのかもしれない。
この国では貴族同士が婚約したら、男は女性に宝石を贈らなければいけないという決まりがある。
彼からしてみたら恋人と別れる元凶になった女に宝石を贈らなければならないというのは屈辱だったかもしれない。
でも、彼のおかげで私は残りの人生を自由に過ごすことができる。
婚約破棄をするなら宝石を返さないといけない。
そんなことはわかっていたが、残り短い人生だから許して欲しい、と心の中で謝り宝石を売ることを決めた。




