ルルシオ 3
「今日は少し食べすぎたかもしれないわ」
調子に乗って、パンのおかわりをしすぎた。
このまま、いっぱい食べたら太ってしまう。
昔、父によく言われた。
「男は細い女が好きだ。太ってる女は嫌いだ。我慢しろ。がっつくな。はしたない」と。
もう関係ないと思っているのに、ちょっとしたことで父の言葉を思い出し、縛られている自分が嫌になる。
でも、同時に「太るのは嫌だな」と父の言葉を正しいと思ってしまう自分もいる。
社交界で男性たちから人気だった女性たちはみんな細く美しかった。
きっと、私の想像を超える努力を彼女たちはしてきたのだろう。
社交界に出ることはもう二度とないのに、自分の行動に罪悪感を覚えてしまった。
せっかく美味しくて食べてて幸せだったのに、今はすっかり食べたことを後悔していた。
明日はおかわりするのをやめようと決めたそのとき、シオンに「え?お嬢様は痩せすぎているので、もっと食べないといけませんよ」と言われて驚いてしまった。
「え?私って痩せすぎてるの?」
家を出てからかなり太ったのに、それでも痩せすぎていると言われて驚いてしまう。
「え?」
シオンは私の言葉が信じられなかったのか、驚いて固まった。
「……」
「……」
私たちは暫くお互いを見つめたまま固まった。
先に沈黙を破ったのはシオンだった。
「お嬢様」
シオンは私の名を呼ぶが、いつもと違って少し緊張した様子だ。
それにつられて、私も今から何を言われるのかと身構えてしまう。
「お嬢様は気づいておられないようなので、この際はっきりと言わせていただきます。お嬢様は同年代の女性たちと比べて細すぎます。私が片手で担げるくらいに軽いです」
(いくらなんでも、それはいいすぎでは……ん?あれ?)
シオンの言葉を頭の中で即座に否定するが、すぐにその通りなのではと思ってしまう。
馬に乗る時も、シオンは片手で私を引き上げ乗せてくれた。
長時間、おぶられていたときも疲れた様子もなかった。
最初は騎士だから、鍛えているからかと思ったが、それだけではないような気がしてきた。
「私は騎士なので、同年代の子たちと比べれば力があるので、お嬢様が例え私より重くても担ぐことはできますが、お嬢様は細すぎます。もっと、太らなければなりません」
考えていることを見透かされたのかと思うくらい同じことを思っていたことに、つい笑ってしまう。
それだけでなく、私がシオンより重くなるなんて、そんな未来もいいなと思った。
「ですから、お嬢様。これからは少し食べすぎたかも、ではなく食べすぎだと感じるくらい、たくさん美味しいものを食べましょう」
優しい笑みを浮かべながら、嬉しいことを言ってくれるので目頭が熱くなって涙が流れそうになった。
いま口を開けば涙も溢れそうで何も言えずにいると「それと、お嬢様は太ってもきっと美しいですので心配ありませんよ」と言われ、我慢していたのが馬鹿らしく感じて、笑いながら泣くという体験を初めてしてしまった。
「街からネモフィラ畑まで距離があるみたいなので、何か買って昼食は向こうで食べませんか?」
シオンの素敵な提案に私は「うん。そうしたい。そうしよう」と返事をした。
花畑の中で昼食を食べるのは昔からの憧れだった。
恋愛小説に描かれていて、私のお気に入りの話の一つだ。
いつか私も好きな人ができたら花畑で一緒に過ごしたい、と夢見てた。
好きな人はいたし、婚約することもできたけど、憧れていた恋人同士のようなことはできなかった。
私が緊張してうまく話せなかったのもあるけど、向こうには愛する人がいるのに、そんなことをさせる訳にはいかなかった。
いくら私が嫌な女でも、していいことといけないことの分別はできているつもりだった。
だから、彼とはしたいことを何一つできなかったけど、今となっては良かったのかもしれない。
それに、恋人じゃなくてもできるってことをしれた。
一緒にできる人と出会えた。
「シオンは何が食べたい?」
きっと、人はこれを幸せというのだろう。
「私はあれが食べたい」
「いいですね。私もあれが食べたいです」
「じゃあ、買いに行こっか」
「はい。そうしましょう。あ、デザートも買いますか?」
「うん。買おう。いっぱい買ってから向こうで食べよう」
幸せだって、心が満たされたのは、いつぶりだろう。
こんなに楽しくて、心の底から笑えたのはいつぶりだろう。
自分の意見を言えたのはいつぶりだろう。
(ああ。私、いま死んでもいいかも)




