ルルシオ
エニシダとシオンは四日間、荷馬車で移動し、ようやく目的のルルシオの街についた。
シオンは騎士だったため、荷馬車で過ごすことに問題はなかったが、エニシダは初めての荷馬車の乗り心地の悪さに気分が悪くなった。
街で依頼した馬車も最悪だったが、この荷馬車はそれを上回る最悪だった。
前回は楽しめてが、今回は楽しめなかった。
運転手が「これは人が乗るようなものじゃないけど、本当にいいのか」と何度も心配そうに言ってきた理由が乗ってすぐにわかった。
何事も体験だと我慢して四日間乗り続けたが、二度なりたくはない、とエニシダは強く思った。
まぁ、乗ることももうないか、と思うと少し悲しくなったが、あの体験は一回でいい。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
シオンの背中におぶられながら、街の中を移動するのは恥ずかしかったが、自分の足で歩くのが困難で仕方なかった。
早く横になって休みたかったので、恥ずかしさなど我慢するしかない。
「ええ。大丈夫よ。ごめんなさい。迷惑をかけて」
彼の未来を潰して申し訳ないのに、それでも一緒にいてくれて感謝しているのに、迷惑までかけるなんて、とエニシダは自分が情けなくて涙がでそうになった。
「俺は初めて荷馬車に乗ったとき、あまりの気持ち悪さに吐きました。それも、人の頭に」
「え……?」
「お嬢様。迷惑をかけるっていうのは俺みたいなことをした奴のことを言うです。お嬢様はむしろ、初めて荷馬車に乗って吐かないのは立派ですよ。だから、謝らないでください」
シオンは前を見たままそう言ったが、エニシダは彼が温かい笑みを浮かべているのが見なくてもわかった。
今の話が本当か嘘かはわからないが、私を励まそうとして言ってくれているのがわかって嬉しかった。
「……ありがとう。シオン」
せっかく我慢していた涙が溢れた。
声も震えていたと思う。
きっと、シオンも私が泣いていることに気づいていたはずなのに、気づかないふりを続けて歩いてくれた。
宿に着くまで、そこから一言も話さなかったが、二人の間に気まずさはなく、むしろ心地よい空気だった。
「では、今日はゆっくり休んでください。俺は隣の部屋にいますので、何かあれば遠慮なく呼んでくださいね」
シオンは「遠慮なく」のところを特に強調しながら言った。
そんな彼の姿に私はおかしくてつい笑いながら「ええ。わかったわ。遠慮なく呼ばせてもらうわ」と言った。
「少し早いですが、おやすみなさい。お嬢様」
「うん。おやすみなさい、シオン」
窓の外から見える空の色はオレンジで、寝る時間にはだいぶ早いが、四日間碌に寝られなかったせいか、シオンが部屋から出ていってすぐ眠りについた。
久しぶりのベッドはやはり良かったのか、次の日には昨日の気持ち悪さなど吹っ飛び、体調も良くなった。
ベットから起き上がり、太陽の光を浴びようと窓に近づくと、扉を叩く音が聞こえた。
誰が叩いているのかわかり、つい頬が緩んだ。
「おはよう」
少し小走りで扉までいき、扉を開けてシオンに挨拶をした。
シオンは私がまだ眠っていると思っていたのか、扉を開けて挨拶をすると少し驚いた顔をしていた。
「……っ、おはよう、ございます」
「顔が赤いけど大丈夫?」
熱でも引いたのかと心配したが、シオンは「大丈夫、です」と顔を手で隠しながら言った。
本当に大丈夫かと、彼をジッと見つめたが、その視線に耐えきれなくなったのか「朝食を食べに行きましょう」と言って部屋に戻っていった。
隣の部屋の扉を眺めながら「いつもと様子が違ったけど、本当に大丈夫なのかな」と心配になりながらも扉を閉め、朝食を食べるため着替えなければ、と思ったその瞬間に気づいた。
自分が寝巻きなことに。
シオンは私が寝巻き姿のまま扉を開けたから、あんなに慌てていたのだと知り、急に自分のしでかしたことに恥ずかしくなった。
ほんの数分前の自分を殴りたくなる。
一日中、部屋の中で誰にも会わずに過ごしたいと願うが、シオンを待たせるわけにはいかず、羞恥心に耐えながら準備を済まし部屋から出た。
部屋から出ると丁度、シオンも部屋から出てきた。
シオンの顔を見ると、ようやく落ち着いた羞恥心が蘇ってきて、自分の顔に熱が集まり、みるみる赤くなっていくのを感じた。
シオンもそんな私を見て、同じように顔を真っ赤にした。
「……行きましょうか」
「……そうね。行きましょう」
私たちは顔を真っ赤にしたまま宿を出て朝食を食べに向かった。




