過去 4
「……なぜですか」
使用人たちの料理を出す手が震えるほど、冷たい口調で問いかける。
使用人たちはできだけ急いで料理を出し、部屋から出ていく。
「リナリアはあなたのことをずっと心配していたのよ。誰よりもね。帰還パーティーの主催を一緒にやる権利があるわ」
夫人はリナリアの方を見て微笑んだ。
それにリナリアも微笑み返した。
「婚約者のいる男のパーティーを家族でもないものがですか?」
「イフェイオン!」
夫人はイフェイオンの言葉に怒り、机を叩く。
リナリアは悲しそうに俯いた。
エリカは「兄様!今の言葉は酷いわ!」と非難した。
どっちの方が酷いんだ、とうんざりして部屋に戻ろうと立ちあがろうとしたとき、公爵が「いい加減にしろ」と静かな声で言った。
怒鳴ったわけでもないのに、その一言で騒がしかったのが嘘みたいに静かになった。
公爵はそれ以上何も言わず、食事を続けた。
イフェイオンは公爵のそんな態度に腹が立った。
なぜ母上のおかしな行動を諌めないのか?
理解ができなかった。
いったいこの人たちは何がしたいのか?
戦場ばかりいて社交界に出てないから、世の中のことはよく知らない。
世間では婚約者のいる男の帰還パーティーを家族でもない妹の友達が主催の手伝いをすることは普通なのか。
許さることなのか?
例え、そうだとしてもイフェイオンはそれを許したくはなかった。
もし、自分が反対の立場だったら嫌だからだ。
エニシダが他の男に用意させたパーティーに自分が参加するのは嫌だ。
その男を殴りたいと思うほど殺意が湧く。
自分がされて嫌なことはしたくなかった。
それでも母親の目を見れば引かないことはわかっていた。
だから、イフェイオンは実の母親に凍てつくほどの冷たい視線を送りながらこう言った。
「彼女にパーティーの手伝いをさせたいのならどうぞ、ご自由にしてください」
その言葉を聞いたリナリアは嬉しそうに顔を綻ばせたが、続きの言葉を聞いた瞬間、泣きそうな顔に変わった。
「私は参加しませんので」
それだけ言うとイフェイオンは食事に一切手をつけないまま部屋を出た。
※※※
帰還パーティー当日。
一週間前に母親と言い合いをした、あの時から一切口は聞いていない。
使用人からリナリアは帰り、準備は夫人がやることになったと聞いて、エニシダに送る招待状を出すように頼んだ。
ようやく会えるため、服には気を遣った。
今、社交界で流行だという服を選んだ。
動きにくいため、あまり好きでないが、これでいい印象を与えられるならと我慢した。
早く彼女は来ないか、と窓から馬車についてある家紋を片っ端から確認した。
オルテル家の家紋が見えると、心臓が高鳴った。
戦場とは違う緊張感に包まれた。
どこかおかしいところはないか、窓に映った姿を見て確認した。
最初になんて声をかけるか。
久しぶり?
いや、もっといい言葉の方がいい。
綺麗になった?
いや、この言い方だと前は綺麗ではなかったように聞こえるかもしれないから駄目だ。
最初にかける言葉がなかなか決まらないうちに、オルテル家が到着したことを知らせる声が会場に届いた。
扉が開き、オルテル家の人たちが入ってくる。
最初に伯爵。次に夫人。その次に妹の令嬢。
最後にエニシダは……いない。
何度見てもエニシダはいなかった。
どうしてだ?
理由がわからず、嫌な考えが頭の中でよぎった。
自分のような化け物に会うのが嫌なのかもしれない。
誰だって血に染まった人間の婚約者なんて嫌だろう。
そんな考えが頭を支配されて、目の前にオルテル家がきていることにも声をかけられるまで気づかなかった。
「小公爵」
伯爵のその呼びかけででイフェイオンは現実の世界に引き戻された。
「オルテル伯爵。お久しぶりです」
「ええ。二年ぶりですね。今回の魔物討伐も大変ご活躍されたそうですね」
伯爵のニヤニヤした気持ち悪い笑みが、さっきまで相手にしていた貴族たちと全く同じ笑みをしていた。
心の中でどれだけ利用できるか考えているのだろう。
エニシダの父親でさえなければ一生関わりたくはない人種だ。
「ええ。そうですね」
否定したところで、思ってもいないであろう賛辞を聞き続けることになるくらいならと適当に相槌をうった後に話を変えた。
「それよりエニシダ嬢はどこにいますか?」
遅れてくるかもしれないという望みにかけて尋ねる。
「エニシダは体調を崩して屋敷で休んでおります。こんな大切な日なのに、申し訳ありません。娘には次から体調管理をきちんとするように言い聞かせておきます」
「そうでしたか。体調が悪いなら仕方ありません。しっかり休ませてあげてください。よくなったら教えてもらえますか」
嫌いだから会いに来なかったわけでないとわかり安堵した。
エニシダの体調が心配なのは事実だが、それよりも嫌だから来なかったわけでないと知れて良かった気持ちの方が大きかった。
「もちろんです。すぐご連絡します」
これ以上伯爵と話すことはないので立ち去ろうとするとアドリアナに「イフェイオン様」と名を呼ばれた。




