終わりのとき
風呂場に着くと私を投げ飛ばし、侍女たち髪の色を戻すように指示を出したあと、余計な仕事を増やしやがってと親の仇を見るような目つきで睨みつけてから出て行った。
侍女たちは何も言わずに、冷たい水をかけてきた。
ドレスに水が染み込み、肌に張り付いて気持ち悪い。
侍女が貴族令嬢にこんな態度を取るなど普通ならあり得ない。
こんなことをすれば殺されても文句は言えないだろう。
でも、彼女たちが仕えているのはあくまで伯爵で、伯爵の家族である夫人と妹だけだ。
私は伯爵を傷つけた憎き女の娘。
大切にされないのも、こんな扱いを受けるのも当然。
仕方ないことなのだ。
髪が抜けるほど引っ張られても、無理矢理髪を染められても文句など言えるはずなどもない。
大切な伯爵の令嬢の好きな人を奪った憎き女でも私はあるのだから。
妹もイフェイオンが好きだと知ったのは婚約発表をした15歳の誕生日の日だった。
誕生日パーティーが終わり、伯爵に婚約とはどういうことかと尋ねているときに、妹は突然部屋に現れ、私のことを罵倒した。
「私がイフェイオン様のことを好きなのを知っているくせに婚約するなんて最低!裏切り者!完璧な淑女と呼ばれているくせに、妹の好きな人婚約するなんて!」
妹がイフェイオンのことを好きなのも知らなかった。
彼女と姉妹らしい会話をしたことなど一度もない。
それなのに、そんなことを言われても困った。
文句を言う相手が違うと。
私だって彼と婚約したことを知ったのはさっきなのに。
どうして、こんな酷い言葉を言われなければならないのかと腹もたった。
父が「それは誤解だ。私が決めたことだ」と否定してくれると思ったが、彼は何も言わなかった。
その後に訪れた母が私を非難しても何も言わずにいた。
今になってみれば、どうして何も言わなかったのかわかる。
私が嫌いだからだ。
ただそれだけ。それ以上の理由はない。
だから、私が侍女たちに傷められても無視をする。
いや、そもそも気づいてもいないかもしれない。
急に何もかも馬鹿らしくなって、今までの自分がどれだけ愚かだったのかと泣きたくなったそのとき、突然侍女の一人が叫びに近い声を出した。
「ちょ、何よこれ!気持ち悪い!」
そう言って、触っていた私の髪を払いのけるように手を離した。
他の侍女も同じようにして気持ち悪いものに触ったかのように手を離していく。
叫び声を聞いた執事が「どうした!何があった!?」と苛立った声で風呂場に入ってくる。
「ルイス様。それが、髪染めをかけても色が入らないのです」
侍女の一人が答える。
「何を言ってるんだ。そんなことあるわけないだろ」
侍女のふざけた言い訳に執事は呆れたようにため息を吐く。
何かやらかしたが、怒られると思ってわざとそう言っているのだとルイスは思っていた。
「本当です!信じてください!」
別の侍女が私を化け物でも見出るかのような目で見たあとに必死にルイスに訴えかけた。
ルイスは侍女たちのおふざけにこれ以上付き合いたくないと思ったのか、深く息を吐いたあと、床に落ちている髪染め粉を取り、私の頭に全部落とした。
目や口に入ろうがどうでもいいかのように。
「何が入らないだ。入ってるじゃ……は?」
真っ白な髪がピンクに変わったと思った瞬間、色が消えた。
ルイスは何が起きたのか理解できずに、瞬きを何度もしていた。
その表情があまりにもあほ面でつい吹き出してしまいそうになった。
「どうなってる?……あるだけもってこい」
ルイスは侍女に髪染め粉を全部持ってくるように指示をし、それを受け取るたびに瓶をひっくり返してかけていく。
「嘘だろ……」
伯爵家にあるだけの髪染め粉をかけたというのに、私の髪の色は真っ白のまま。
さすがにこれは何かおかしいと思ったのか、ルイスは慌てて風呂場から出ていった。
どこに向かったのかは予想できる。
伯爵のところだ。
その予想は当たっていて、少ししてルイスと一緒に伯爵が現れた。
伯爵は何も言わずに近づいてきた。
彼はおかしくなった私に何と言葉をかけるのか、少し気になった。
「大丈夫か?」
「心配するな?」
いくら憎き女の娘でも、実の娘が大変な目にあっているときには、少しくらい優しい言葉をかけてくれるだろうと期待した。
だが、彼が言った言葉は優しさのかけらもなかった酷い言葉だった。
「役立たずめ」
伯爵は蔑むような目で冷たく言い放った。
この言葉を聞いて瞬間、私の中の何かが壊れていくような音が聞こえた。
それと同時にようやく理解した。
私たちは一生家族にはなれないのだと。
ただ血が繋がっているだけで、それ以上でも以下でもないのだと。
「明日、神殿に向かう」
それだけ言うと伯爵は出ていき、ルイスと侍女たちも出ていった。
「神殿か……きっと、無駄だと思うけど」
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