ゲイルの願い
「エニシダ様は三週間前に東門からこの領地をお出になられました。行き先はオルサーストです」
オルサーストに行くには船で一週間、乗らなければならない。
「感謝する」
イフェイオンは行き先がわかり、急いで港に行こうと家から飛び出そうとするが、扉の前で急に頭に浮かんできたことを尋ねた。
「彼女は一人で行ったのか?」
部下からの報告では、誰かがエニシダを助けたのは間違いない。
ゲイルの話からもエニシダが一人でここに来たとは考えられず、助けた者がここに連れてきた可能性が高い。
その者と一緒にいるのかが気になった。
「いいえ。二人で行かれました」
ゲイルの答えに「ああ。やはり、そうか」と思う。
その者が何者なのか気になるが、二人がどういう関係なのかの方が気になった。
エニシダのことを何も知らず、守れなかった自分がとやかくいう資格がないことはイフェイオンにもわかっていたが、その場所が自分ではないとことが悔しかった。
そんなイフェイオンの心情を察したのかゲイルは「あの二人は小公爵が思っているような関係ではありませんよ」と言った。
その言葉はイフェイオンを慰めているようで、「これからどうなるかはわかりませんが」と言っているようにギルバートには聞こえた。
実際、ゲイルはあの二人がそうなれればいいのにな、と思ってはいた。
「心配ありません。私が知る限り彼はエニシダ様の幸せを一番に考える者ですから」
ゲイルはエニシダたちがいるであろうオルサーストの方角の方に視線を向けながら言う。
その言葉を聞いたギルバートは「それを婚約者の前で言うのか」と思ったが、彼からしてみれば命の恩人を預けるに値する人だから大丈夫だと伝えたかったのかもしれないと思うと何も言えなかった。
ギルバートが心の中でいろんな感情に押しつぶされそうになっているなか、イフェイオンはただゲイルの言葉を受け止めていた。
「……そうか。教えてくれて感謝する」
そう言うと、イフェイオンは今度こそ家から出て行った。
ギルバートもその後を追おうとしたが、ふと立ち止まりゲイルに尋ねた。
「あなたはこれからどうするつもりなのですか?」
ゲイルが「神に見放された子」だと言いふらすつもりはない。
誰にも言うつもりなどなかった。
ただ、ふと気になった。
自分たちになぜ正体を教えたのか。
ここから去るつもりなのか。
たった数分、話しただけなのにギルバートはゲイルのこれからが心配だった。
「どうもしませんよ。死ぬまでここにいます。俺にはあの方のそばにいる資格はありませんし、もう何もできることはありません。これまで通り生きていくつもりです」
淡々と言葉を紡いでいくゲイルにギルバートは何も言えなかった。
いや、言ってはいけない気がした。
自分の過去も他人と比べたらいいものではないが、彼と比べたら間違いなくいい方だろう。
ゲイルが過ごした日々はギルバートの想像を遥かに超える残酷だったはずだ。
そんな彼にいったい何も知らない自分が言えると言うのか。
ギルバートは自分が聞いたことだが、そんな質問をしたことを後悔していた。
そのことには触れず、エニシダ嬢のことを教えてくれたことだけお礼をいい、ゲイルと別れた。
先に出発したイフェイオンの元にギルバートは急いで追いかけた。
そんな彼らを窓から眺めていたゲイルは空を眺めながら、三人の未来がどうなるのか考えた。
「賽は投げられた。結末は神だけが知る……か」
ゲイルは自分にとって三人とも恩人であるが、全員が幸せになる未来はないだろうとわかっていた。
エニシダの呪いが解けることは奇跡でも起きない限りあり得ない。
いつ死ぬかもわからない。
イフェイオンが間に合うかのさえわからない。
あの二人がお互い想い合っていたのは、会ってわかった。
どうしてすれ違ったのかはわからない。
ただ、お互いに自分の気持ちを言わなかったのだろう。
お互いを思い過ぎて。
なんて不憫で愚かな愛か。
ゲイルはそう、ふと思った。
この世には、どれだけ願っても報われない想いが多くあることを知っていた。
あの二人は伝えさえすれば報われたのに。
でもだからか、せめて後悔のない最後を迎えてほしいと願わずにはいられなかった。
※※※




