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領民の決断


「どうぞ」


ゲイルは二人にさっき沸かしたばかりのお茶を用意した。


自分のも机の上に置いてから椅子に座った。


「それで、聞きたいのはエニシダ様のことですよね」


「……!」


ギルバートは驚いた。


白い髪の女性と言ったがエニシダ嬢とは言っていない。


それなのに知っているということは、彼女とわかっていて助けたということだ。


そもそも、平民が貴族令嬢の顔を知っていることなどほとんどない。


エニシダ嬢ならなおさらだ。


髪の色が変わっても知っているということは、最初から彼女の顔を知っていたことになる。


いったいこの男とエニシダ嬢はどんな関係なのかとギルバートは気になった。


それはイフェイオンも同じなのか、眉間に皺を寄せてゲイルを見ていた。


「はい、そうです。あなたはエニシダ嬢の顔をご存知なのですか?」


ギルバートは尋ねる前にお茶で喉を潤した。


「はい。当然です。このオルテル領地に住んでいて、エニシダ様のことを知らない者はいないと思いますよ」


あの方は我々の命の恩人ですから、とゲイルはまるで神に感謝しているかのように言った。


「なぜ、お前たちが彼女のことを知っているのだ」


イフェイオンはゲイルの言葉を聞いて、眉間に寄せていた皺なくした。


「ローリエの薬を知っていますか」


ゲイルは聞かれた問いには答えず、逆に質問し返した。


「当然だ」


ゲイルの質問に即座にイフェイオンは答える。


ローリエの薬とは今や世界中で使われるようになった薬だ。


それも、安いお金で手に入れらることができる。


平民たちはその薬のお陰で、神官や医者に高額なお金を払わず治療できるので、安定した生活をおくれるようになった。


そして、その薬を開発したのがオルテル家。


オルテル伯爵はその功績を讃えられた。


この話しは他国でも賞賛されるほど有名な話しだ。


知らないはずがない。


「世間ではローリエの薬は伯爵の功績とされていますが、実際は違います。あれは、エニシダ様が私たちのために作られたものなのです」


ゲイルはお茶を一口飲むと窓の外を見た。


ほんの数年前までは見ることができなかった美しい光景が目に映る。


「オルテル伯爵のせいで、ほんの数年前まで多くの者が病気にかかり命を落としました。私の両親もです。私たちはオルテル家の人たちが大嫌いでした。自分たちの欲を満たすために領民から金を巻き上げ、無理矢理働かせるような人たちを好きになることなど到底できませんでした。逆らえば殺され、逃げ出しても殺されました。私たちに残されていた道は死ぬか、死ぬまでオルテル家に利用されるかしかありませんでした」


「そこからどうやって抜け出せたのですか?」


ギルバートはゲイルの話を聞いて驚くことはなかった。


こういった話しはよくあるからだ。


ただ、そんな状況からどうやってエニシダ嬢が助け出したのかは想像がつかず、その答えが知りたくなった。


「エニシダ様がローリエの薬を私たちに与えてくださったのがきっかけです。どうやって作ったのかはわかりません。ただ、私たちの想像を遥かに超えるほど大変だったと思います」


ゲイルは当時のことを思い出し、胸が熱くなっていく。


「貴族の令嬢、それもまだ子供だった子の手が傷だらけになることなんて普通なら有り得ないことです。それを、彼女は何年も続けてきました」


イフェイオンはエニシダの手を思い出した。


彼女の手は傷一つない貴族の手をしていた。


伯爵や夫人の性格を考えれば、彼女に薬を使うことなどしないはずだ。


彼女は薬の効能を知るために自分の手を最初に実験台にしたのだろう。


エニシダならそうすると思った。


薬の調合が上手くいき、領民に彼女はそれを渡し助けた。


だが、領民を助けるために作った薬は伯爵に知られ奪われた。


聡明なエニシダがローリエの薬を一人で作ったというのも、伯爵の他人のものを奪ってその地位についたというのも納得できた。


「そのお陰で私たちは助かりました。伯爵がローリエを販売し、その利益が莫大だとわかるや否、私たちは人として普通の生活ができるようになりました。彼女は私たちにとって恩人なんです」


そこまで言うとゲイルは息を吐き、真っ直ぐイフェイオンを見た。


平民が貴族を見ることは不敬だとして、殴られても文句は言えない。


相手が「戦神」として恐れられるほど強いイフェイオンなら、一発殴られただけでも死ぬかもしれない。


例え、そうだとしてもゲイルは彼の目を見ながら尋ねたかった。


「私たちはエニシダ様を助けたいと思っていましたが、誰も助けることはできませんでした。せめて、できたことは伯爵の劣等感を少しでも満たし、エニシダ様に危害を加えないようにすることでした。それが、恩人であるエニシダ様を否定する最低な方法だとしてもです」


それしか力のない自分たちにはできることがなかった、と辛そうな表情でゲイルは言った。


ギルバートはその方法が何か聞かなくてもわかった。


伯爵の功績とゲイルの話しを聞いていれば簡単に推測できた。


エニシダ嬢を守るためとはいえ、ローリエの薬をくれたと嘘を吐く伯爵に感謝をしているようにみせたのだろう。


彼らにとっても苦渋の決断だったはずだ。


「だからこそ、私たちは決めていたのです。もし、エニシダ様の力になれることならなんでもする、と」


その言葉を聞いて、ギルバートはようやく彼が何故ローリエの話しをしたのかがわかった。


彼はこの話をすることで意思表示をしたのだ。


例え何をされたとしても、エニシダ嬢が望まないことは何も話さないと。


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