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秘密


「ねぇ、私さっきみちゃったの!」


一人の令嬢が興奮したように話し出す。


周りもそんな令嬢の様子に話の内容が気になったのか、前のめりになった。


「なにをみたの?」


「イフェイオン様とリナリア様が一緒にいるところを!」


きっとこの出来事は瞬く間に社交界の噂として広まるのだろう。


私は無意識にドレスを掴んでいた。


「えっ!?それは本当!?この街に?」


「いいえ。隣町よ。ここに来る途中で見かけたの。すごくお似合いだったわ。まさに理想の恋人同士だったわ」


「イフェイオン様は女性に物凄く慕われているじゃない。でも、相手がリナリア様だったら、みんな諦めるしかないわよね」


リナリアは容姿も美しく、淑女としても非の打ち所がない。


それだけでなく、親しみやすく誰とでも仲良くなれる。


男勝りのところもあるが、そこも彼女の魅力だと愛されている。


「ええ。相手がリナリア様ならね」


急に彼女達の声が冷たくなり、これから何を言うのか簡単に予想がつき、胸が締め付けられ、息がしにくくなる。


「あの'女狐'がイフェイオン様の婚約者なんて絶対認められないわ」


「本当その通りよ。自分がイフェイオン様のと釣り合うと思っているのかしら」


「身の程知らずもいいところよね」


キャハハハッ、と淑女らしくない下品な笑い声が通りに響く。


(そんなこと言われなくても私が一番わかっているわ)


これ以上、彼女たちの言葉なんて聞きたくないのに体が固まったように動くことができなかった。


「母親に捨てられたくせにね」


息を当たり前に吐くようにポロッと令嬢の口から信じられない言葉が出た。


(え?なにそれ?捨てられたって……どういうこと?)


話の流れ的に「母親に捨てられた」子は私のことだ。


「え?それどういうこと?」


笑っていた令嬢たちは困惑した表情をしながら、好奇心を抑えきれないのか口角が上がっていた。


「あ……ここだけの話にしてくれる?」


一瞬、言ったことを後悔したが、すぐにそれは消え、流暢に知っていることを話し出す。


きっと彼女は誰かにこのことをずっと言いたかったのだろう。




※※※




あれからどうやって屋敷に帰ってきたのか覚えていない。


気づけば屋敷につき馬車から降りていた。


(あの話は本当なのかしら)


さっきの令嬢たちの話を思い出し、目頭が熱くなる。



「エニシダ嬢が生まれてすぐ母親は若い男と家を出て行かれたそうですよ」


「伯爵様がエニシダ嬢を愛せないのは当然のことですわね」


「伯爵夫人も伯爵様を傷つけた女の娘を可愛がれないのも当然ですわ」



(私はお母様の実の子供じゃない。私は捨てられたの?)


泣きたくなくて何度も目を擦る。


どれだけ彼女たちの話を否定したくても、これまでの家族と使用人たちの態度から事実なのだと思い知らさられる。


その日から私は部屋から出るのをやめた。


彼と月に一度会える日も理由をつけて合わなかった。


そうして三ヶ月が過ぎた。


季節が冬になった。


いつもは冬は寒くて好きになれないのに、今年はなぜか温かく感じた。


雪が花びらのように降ってきた。


「もう、解放してさしあげないとね」


美しい雪も触れれば消えてしまう。


私の彼への想いも、いつかは消し去ることができるはずだ。


雪のように。




次の日、私は三ヶ月ぶりに部屋から出て、伯爵に会いに向かった。


伯爵は三ヶ月ぶりに会うというのに、私の方を一切見ずにいた。


「お父さま」


呼んでも返事もしない。


いつものことだ。


妹が呼べば必ず返事をするのに、今さらどうでもいいことだけど。


「私とイフェイオン様との婚約を破棄させてください」


ようやく伯爵は顔を上げて私を見た。


だが、すぐに険しい顔から驚きを隠せない顔になった。


「お、お前、その髪はどうしたのだ?」


ピンクから真っ白に髪が突然変わったのだ。


驚くのも当然だ。


「朝起きたらこうなっていました」


私は淡々と答える。


事実だから、それ以上何も説明できない。


昨日までは髪の色はピンクだった。


瞳の色も黄色だった。


だが、今朝目を覚ますと髪の色が真っ白になっていた。


慌ててベットから降りて、鏡で確認すると瞳の色まで変わっていることに気づいた。


私は何もしていないのに。


「婚約者破棄をするためにわざとしたのか!?」


さっき私が言った言葉を思い出したのか、わからないと言っているのに、それしかないと断言するかのように吐き捨て非難する。


「いいえ。そんなことはしていません」


いつもなら伯爵に嫌われたくなくて怯えながらも悪くなくても言い訳をしていたが、何故か今日は何も感じず、寧ろ嫌われてもいいとさえ思って言い訳もせず淡々と答えた。


そんな私の態度に伯爵は眉間に皺を寄せて不審な表情を浮かべながらこう言った。


「なら、誰がすると言うのだ!いや、もう、いい!さっさと髪の色を戻せ!」


私とこれ以上会話をするのが嫌なのか、うんざりしながら執事を呼び、髪の色を元に戻すよう命じた。


それから私が何を言おうと伯爵は口を開くことも、こちらを見ることもなかった。


執事に腕を引っ張られ、風呂場まで連れて行かれた。


何度か足が絡まり転けそうになったが、執事はお構いなしに歩き続けた。




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