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それぞれの想い


「お前たち、自分が何をしたかわかっているのか」


伯爵は厳しい口調で二人に問いかける。


そのとき初めて二人は伯爵が自分たちを叱るために部屋を訪れたということに気づいた。


「お父様?どうして怒っていらっしゃるのですか?」


父親に怒られたことなどなく甘やかされてこれまで育ってきたアドリアナには、何故今怒られているのか全くわかっていなかった。


「あなた。アドリアナにそんな口調をするのはやめてください。私たちがいったい何をしたと言うのですか?」


夫人は少し苛立った口調で逆に伯爵に問いかけた。


(そんなこともわからないのか)


伯爵は心の中で悪態を吐き、苛立ちを隠すことなく髪をかきあげながらこう言った。


「お前たちのせいで私は全てを失うかも知れないんだぞ!」


夫人の命令口調に腹を立て声を荒げる。


「あなた、それはどういうこと?いったい何をしたの?」


「したのはお前らだ!栄光の冠は贈られたもの以外が持つことは禁止されている!皇室ですら取り上げることはできないものだ!それをお前らは……!」


伯爵は怒りで頭がどうにかなりそうだった。


今さら栄光の冠をエニシダの部屋に移したとしても、魔法使いが出てきたら彼女の手に渡っていないことがバレてしまう。


オルテル家の当主である以上、もしバレたらその罪を受け入れなければならない。


二人を守ってこの件を隠蔽し、バレたときの罪は更に重くなる。


バレなければ問題ないが、バレたときの罪を考えればイフェイオンに正直に話すべきだ。


だが、話せば今の地位は失い、せっかく築き上げたものが失われてしまう。


怒りで冷静に判断することができず、伯爵は結論を出せずにいた。


「こんなことなら、お前を妻にするんじゃなかった。卑しい人間の血はどこまでも卑しいんだと改めて知ったよ」


伯爵はそう吐き捨てるように言うと部屋から出ていった。


「……なによそれ」


夫人は血走った目で閉められた扉の向こうにいるであろう伯爵を睨みつけた。


「そんな女を求めたあんたの方がよっぽど卑しい人間じゃない」


元々、伯爵のことなど愛してはいなかった。


貴族の夫人になれれば相手は誰でも良かった。


妻に劣等感を持ち、自分を認めてくれる相手を求めていて、心が弱っていたのがたまたま伯爵だった。


そんな相手に見下されるのははっきり言って気分は最悪だ。


夫人はこの屈辱を絶対にいつか返してやる、と決意しその時を待つことにした。


だが、今はその時ではない。


この怒りを伯爵本人にぶつけることはできない。


できることは、伯爵に怒られることになった元凶のエニシダに怒りの矛先を向けることだけだった。


「これも全部あの小娘のせいよ」





※※※





「ギルバート」


オルテル家の敷地内から出て、馬に跨ったあと名を呼ぶ。


名を呼ばれたギルバートはそれだけでイフェイオンの望みを察し返事をした。


「既に潜入させております」


「そうか」


これで先ほどの伯爵の言葉が嘘か本当か知ることができる。


「エニシダ嬢にはお会いできましたか?」


ギルバートがそれとなく尋ねる。


「いや、会えなかった。今は誰にも会いたくないそうだ」


イフェイオンは悲しそうな表情で言った。


「確かに、いきなり誰かに死の呪いをかけられただけでも辛くて苦しいでしょうに、よりにもよって不治の呪いですから。エニシダ嬢の心の準備が整うまでは待つのがいいかもしれませんね」


「ああ。俺もそう思う」


イフェイオンは後ろを振り返り、エニシダの部屋を見る。


カーテンが閉められていた。


太陽の下で輝くような笑顔を浮かべていた彼女を思い出すと、胸が苦しくなった。


まるで太陽を拒絶しているように見え、今すぐ彼女のそばに駆け寄って抱きしめたい気持ちに襲われる。


もっと会う時間を作ればよかった。


きちんと想いを伝えれば良かった。


後悔ばかりが募ってくる。


今は一人でルーデンドルフ家に帰らないといけないことが悔しかった。


一日でも早く彼女の呪いを解く方法を見つけようと調べ物をしたかったが、魔物が出て至急討伐に向かうよう皇室が命令が下った。


今はそんなことをしている場合ではないと断りたかったが、国に仕える貴族である以上断ることなどできない。


それになにより、魔物が出たのはオルテル家から近い場所の森だった。


断って他の者が討伐に向かって、万が一失敗したらエニシダの身に何かあれば、と想像するだけで許せなくなる。


代わりにギルバートに不治の呪いについて調べることにしてもらい、イフェイオンは魔物が出た森に向かった。


それからニ週間後に魔物の討伐は無事に終えた。

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