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ルーデンドルフ家 3


リナリアはそれを認めたくなかった。


自分だけが好きだった、一方通行の片思いだと。


「なら、どうして……どうして、私に栄光の冠をくれたの?」


好きだったから、そう言って欲しくて、いやそうだと思いたくて、涙が溢れそうになるのを必死に我慢しながらイフェイオンに問いかける。


「お前が欲しいって言ったんだろ」


イフェイオンはリナリアが何を言いたいのか、何と言って欲しいのかがわからず、苛つきながら答える。


「……それだけ?私になんの気持ちもなかったって言うの?」


リナリアの目から一筋の涙が溢れる落ちる。


「ああ」


「……ッ!」


リナリアは自分だけが好きだったと、勘違いしていたことに怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤に染まった。


「なら、どうして彼女には贈らなかったの?婚約したのに、一度も栄光の冠を?」


ちゃんと彼女にも贈っていたら、ここまで勘違いしなかったかもしれない。


無理矢理婚約したから渡さなかっただけだと思ってたのに。


リナリアは自分がいま何をしたいのか、どうしたいのかわからなかった。


感情の赴くままに言いたいことを言っていた。


「贈っていましたよ。毎年。イフェイオン様はエニシダ様に」


ずっと黙って二人のやりとりを見ていたギルバートが静かに話に入った。


ゆっくりとギルバートの方を向くリナリアは信じられない表情をして彼を見た。


ギルバートは真っ直ぐリナリアを見つめもう一度同じことを言った。


「エニシダ様と婚約されてから、ずっと栄光の冠を贈られていました」


ギルバートは言いながらリナリアが知らないのも無理はないと思っていた。


エニシダは毎年、武術大会の時期に体調を崩し観戦することができていなかった。


優勝者は栄光の冠を手にしたら、会場で愛する人に贈っていた。


だが、いない相手に贈ることはできないので、後日屋敷に贈っていた。


このことを知っているのはルーデンドルフ家で数名の使用人とオルテル家のみだ。


「嘘よ!」


リナリアは金切り声で叫ぶ。


「嘘ではありません」


ギルバートはリナリアを落ち着かせようとなるべく優しい声で宥めるように言う。


「嘘よ!だって、それならなんで彼女は貰ってないって言ったのよ!貰ってたら貰ってるって言うでしょ!」


令嬢たちが何度もエニシダに栄光の冠を貰ってないのか聞いていた。


彼女が「貰っていない」と答えると、その度に「リナリア様は貰っていたのにね」と蔑むように言った。


「あなたの話が本当だとするなら、なんで彼女はそんな嘘を吐くのよ」


わざと嘘をついたというの?


本当は贈られていたのに贈られていない、と。


何も知らない私たちを内心馬鹿にしていたのか、と怒りが込み上げてくる。


エニシダがどういうつもりでこれまで自分たちと関わってきたのか。


リナリアにはいくら考えても答えが導き出せなかった。




「ギルバート。オルテル家に向かうぞ」


まるで、これから戦場にでも向かうのかと思うほどの感情のない顔をしているイフェイオンにギルバートは足から力が抜け、その場に座り込んでしまいそうになる。


「畏まりした」


イフェイオンが部屋から出ようとしていると、その腕にリナリアがしがみついた。


「待って!イフェイオン!行かないで!」


「放せ」


イフェイオンはリナリアを見ずに吐き捨てるよに言う。


「何を企んでいるのか、わからないあの女のところにあなたを行かせられないわ!お願い!あなたにもしものことがあったら、私は……」


生きていけない、と続けようとするが、イフェイオンに突き飛ばされた。


リナリアは悲鳴を上げながら倒れた。


イフェイオンはリナリアを見ることなく歩いていく。


その後ろ姿にリナリアは叫ぶ。


「バカね!あなたは最初から騙されてたのよ!弄ばれているのがわからないの!このままだとあなたが傷つくことになるのよ!」


リナリアの叫びなど聞こえていないかのようにイフェイオンは歩き続ける。


「お願いだから、目を覚まして!イフェイ!」


リナリアの心からの叫びは届かず、彼女はその場に泣き崩れた。




その様子を少し離れたところから見ていたエリカはリナリアがこうなったのは自分のせいだと責めていた。


リナリアが兄に栄光の冠を欲しいと願ったあの日、エリカはその日の夜に兄にお願いしたのだ。


優勝して、栄光の冠を貰ったらすぐリナリアに渡して欲しい。


できれば、彼女の頭に栄光の冠を乗せてあげて欲しい、と。


そうすればリナリアが喜んでくれると思った。


実際、彼女は物凄く喜んでいた。


兄もリナリアといる時間が増えれば彼女のことを好きになるかもしれない。


そんな身勝手な思いのせいで、二人の関係を終わらせてしまった。


エリカはその場から動くことも、泣くこともせず、ただ自分のしたことを悔やみ続けた。


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