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ルーデンドルフ家 2


「彼女……エニシダ嬢は不治の呪いをかけられたそうね。それで、あなたに婚約破棄を望んだって」


リナリアは呆れた表情で冷たい口調で吐き捨てるように言った。


「ねぇ、それって本当のことだと思う?こんなことあまり言いたくないけど、イフェイ騙されてるじゃない?」


さっきまでの表情とは一変して心配そうな表情でリナリアはイフェイを見つめる。


「……何が言いたい?」


イフェイオンの目から感情が消えたかのように感じるほど冷たい目をリナリアに向ける。


傍で二人のやりとりを見ていたギルバートは一気に空気が重くなり、心配などせずにここに来なければ良かったと後悔していた。


「不治の呪いは彼女の嘘なんじゃないかと思うの。あなたを手に入れるための」


リナリアはイフェイオンの目に恐怖を感じながらも、何とか思っていたことを口にする。


一度、言えれば次は簡単だった。


エニシダを陥れる言葉が次々と口から出ていった。


「あなたとの婚約だって無理矢理だったんでしょう。彼女があなたと婚約できなければ死ぬって。みんな知ってるわ」


社交界の噂で一番面白おかしく話される内容だからね、と心の中で呟く。


「あなたの心が手に入らないから呪われたって嘘をついたんだと思うの」


リナリアはイフェイオンに近づき、そっと手を重ねる。


「もう、いいのよ。振り回される必要はないわ。そもそも、あなたが責任を感じる必要なんてないの。ね?」


リナリアがイフェイオンを心配して言っているのはわかる。


だが、エニシダに関してはどうして冷たい言葉を言うのだろう。


ギルバートはリナリアの矛盾している言葉を聞いて内心苛立っていた。


何も知らないくせに、と。


彼女は本当に不治の呪いをかけられている。


念の為、神官が誤った診断をくだしたのではないかと確認したが、不治の呪いに関しては一目でわかると断言された。


特にエニシダ嬢がかけられたのに関しては。


髪と瞳の色が変わったこと。


そして、神に愛された神聖力が使える神官にだけ見えるという、強力な呪力から判断したと言われたら何も言えない。


助ける方法を神官たちも何百年もの間ずっと探しているそうだが、何一つわかっていないと言われた。


婚約破棄を望んだのはイフェイオンの心を手に入れるための嘘とか、振り回すためとかではない。


貴族にとって呪いは汚点だ。


そんな婚約者が相手だと迷惑をかけると思って、婚約破棄を願い出たのだ。


あの日、彼女がルーデンドルフ家を去るときにしていた表情を見たら、そんな酷い言葉を言うことなんてできない。


それになにより、この婚約はエニシダではなくイフェイオン自身が望んだことだ。


幼い頃からずっと傍にいたギルバートはイフェイオンがエニシダを好いていることを知っていた。


そして、彼女もまたイフェイオンを好いていることにも。


あと、少しで二人は幸せになれるはずだったのに何故こんなことになるのだとやるせない気持ちでいるのに、どうしてまるで自分はイフェイオンの気持ちを一番わかっているみたいな顔でエニシダ嬢に酷い言葉を吐くことができるのか。


できることならギルバート自身がリナリアに文句の一つでも言ってやりたいところだったが、その役目は自分ではないと思い、このまま黙って見守ることにした。


「お前はさっきから何を言っているんだ?」


イフェイオンの低い声が一気に部屋の空気を重くする。


表情が見えなくても怒っているのが声だけで伝わる。


「いつ俺が無理矢理婚約させられたとお前に言った?」


その言葉を聞いたリナリアはあからさまに顔を強張らせた。


「え?ちょ、何を言ってるの?」


イフェイオンの言葉を理解したくないのか、リナリアは必死にその言葉を否定しようとする。


「だって、あなたは……」


私のことが好きなんでしょう、と言いたかったがイフェイオンの瞳があまりにも冷たくて言うことができなかった。



リナリアは子供の頃を思い出した。



ルーデンドルフ家は代々騎士の一家だ。


ルーデンドルフ家の男として生まれたからには十三歳のとき騎士として戦場に出なければいけない。


イフェイオンも十三歳のとき騎士として戦場に向かった。


彼は強いから大丈夫だとわかっていても心配だった。


一年たった頃にはその心配がしなくても大丈夫だと思えるほど彼の偉業は凄まじかった。


イフェイオンの父親である公爵以外では相手にならないほどの実力にまでなった。


初めて会ったときから彼のことが好きだったが、このときには階級など関係なく多くのものが心を奪われていた。


皇女でさえも。


このままではいつかイフェイオンの隣を奪われるかもしれないと焦った。


でも、それはほんの少しだけだ。


イフェイオンは女性とは関わらないことで有名だった。


唯一、エリカと仲が良かった私を除いて。


当時、エリカと仲良くなればイフェイオンと繋がれると思って、彼女に近づく令嬢は多かった。


エリカは利用されるのが嫌いでそういう子たちの相手は一切しなかった。


エリカが私だけを特別扱いしてくれたおかげで、周囲からリナリアも特別な目で見られ始めた。


その頃からだった。


リナリアとイフェイオンが恋仲ではないのかという噂が流れ始めたのは。


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