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婚約破棄


「……いま、なんと言った?」


私の言葉が気に入らなかったのか、今日初めて目の前の男と目が合った。


前にあったときと髪の色が違うのにも、きっとこの男は気づいていないのだろう。


誰にも興味を示さず、誰も寄せ付けず、己の力のみで生きる。


昔はそんなところが好きだった。


冷たい瞳は怖かったけど、自由に生きるその姿に憧れた。


でも、今は違う。


「'私達、婚約破棄しましょう'、と申し上げました」


「……」


私の婚約者イフェイオン・ルーデンドルフは何も言わずに、ただこちらを睨みつけている。


いや、そう勘違いしてしまいそうなど目つきが悪い。


重く長い沈黙が続く。


まだ、彼と一緒にいたい気持ちが残っているのか、この時間がもう少し続いて欲しいと思っている自分がまだいることに、ほんの少し呆れてしまった。


でも最後なんだし、そのくらいいいかと思った瞬間、イフェイオンが話しかけてきた。


そのとき、改めて気付かされた。


私たちは、きっと、これからも合うことないのだと。


「なぜだ?」


ただ聞いた。


そんな感じの全く感情のこもってない声で問われる。


「私、呪われました。もって半年だそうです。でも、もしかしたら、明日死ぬかもしれません」


「だが、治るのだろう」


「いいえ、私にかけられた呪いは不治の呪いです。この呪いにかかったものは必ず死ぬと言われております」


髪がピンクから真っ白へと変わり、目の色も黄色から白に近い色へと変わった瞬間、両親に神殿へと連れて行かれた。


神官たちは私を見た瞬間、その呪いのことに気づいたのか、可哀想な、憐れむような目で見てきた。


診察も治療もされることなく、教皇に余命宣告をされた。


誰がどのように呪ったのかさえ、いまだに解明できていない、と。


教皇は申し訳なさそうに頭を下げ、私たちにできることは何もないと言った。


伯爵はどうにかして助けてくれ、と懇願していたが、私はようやく自由になれるのだと嬉しかった。


私、エニシダ・オルテルは伯爵家の令嬢だ。


父、母、妹の四人家族。


私は妹と違い、可愛げがなく両親や使用人達から愛されてなかった。


最初は悲しくて、愛されたくて、愛してもらえるように努力した。


勉強も作法も乗馬も、ありとあらゆるもので努力をし、完璧な淑女として社交界で言われるまでにした。


だけど、両親は「できて当たり前」と言い、褒めてはくれなかった。


どうして妹は褒めるのに、私は褒めてくれないの?と何度枕を濡らす日々を送ったことか。


どうして私を愛してくれないのか、その理由を知ったのは私が15歳の誕生日の出来事がきっかけだった。


その日はいつもとは違い、高価なドレスや宝石を身に纏うことが許された。


それらはいつもは妹だけが着ることが許されたものだった。


今でも初めて身に纏うことができて嬉しかったのを覚えている。


両親もいつもとは違い、私に笑いかけてくれた。


きっと、これからは幸せな日々が続くと思った。


父がイフェイオンと婚約したことを発表するまでは。


当時、彼には恋人がいると噂されていた。


彼と同い年で、私の三つ上で、小さい頃から仲が良く、二人は将来結婚するだろうと言われていた。


彼女の名前はリナリア・モンテーニュ。


私と同じ伯爵令嬢。


この日を境に、私の人生はさらに酷くなった。


社交界では、私のことを'完璧な淑女'から'女狐''人の男を奪う厭らしい女'と口に出すのも憚られる酷い暴言で溢れかえった。


逆に彼女は「可哀想な女」として、いろんな人から慰められていた。


もう一人の当事者は、その日から突如現れた魔物討伐のため、ニ年間、戦争をしていたため国にいなかった。


戦争が終わり帰還した後のパーティーに私は招待されず、恋人だった彼女は招待された。


その話は貴族だけでなく平民にまで知れ渡り、私はとんだ笑い者にされた。


それでも、そのときの私は婚約者の勤めを果たそうと月に一度会ってくれる彼との時間だけで幸せだった。


父に殴られ、母に罵倒され、妹には馬鹿にされても、許せるくらいには。


でもある日、街に降りたとき見かけてしまった。


彼とリナリアが楽しそうにいる姿を。


その姿はまさに人々が憧れる理想の恋人だった。


(あぁ、私のせいであの二人は愛し合っているは離れることになったのね)


そう思うと、自分がどれだけ身勝手で嫌な人間なのかと思い知らされた。


この婚約を望んだことがないといえば嘘になるが、最初から私に決定権などなかった。


婚約したことを知ったのも父が発表したあのときだった。


妹に「破棄して」と頼まれても、するつもりもなかったが、私がしたいと言ったところでどうにもできなかっただろう。


私には自分の将来を決める権利がなかった。


あの二人も同じなのだろう。


一刻も早くこの場から立ち去りたくて、無我夢中で走った。


どれだけ走ったのか。


気づけば、隣町まで来ていた。


立ち止まると、急に足が痛くなり、これ以上足を動かすのが難しかった。


どこかで休もうと店に入ろうとしたら、令嬢たちの高らかな会話が耳に届いた。


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