襲撃者 その2
同じ頃、トリスタンは妙な胸騒ぎが消えずユリウスを追って市場に来ていた。路地の奥で異様な気配を感じ、思わず足を止める。目を凝らすと、薄闇の中に揺れる黒い影と、その前に立ち尽くすユリウスの姿が見えた。
「な、なんだ……!? ユリウス君が……襲われている……!?」
恐怖が彼の全身を駆け巡った。手が震え、抱えていた袋が地面に落ちる。助けなければ……本能が叫ぶ。
「だ、駄目だ……僕には無理だ……」
一歩後ずさりしたその時、路地の奥で金属の擦れる音が鋭く響いた。ユリウスの短い悲鳴が夜気に溶けた。
***
暗殺者の刃は容赦なくユリウスの首筋へと迫っていた。ユリウスは辛うじて身を翻し、致命傷は免れたものの、魔力が阻害された状態では動きが鈍い。何度も繰り出される斬撃をかわすだけで精一杯だった。
「はぁ……困りましたねぇ。こういう時、力があっても封じられると意味がない……」
ユリウスの息が荒い。だが、彼の視線が不意に背後の薄暗がりへと向けられた。そこに立ち尽くすトリスタンの姿を捉える。
「――先輩、逃げて下さい!」
驚愕に目を見開くトリスタン。自分の存在に気づかれたことに狼狽し、更に一歩後退ろうとする。
しかしトリスタンはかつてのユリウスの
言葉を思い出していた。
「僕は信じています。先輩は、強い方ですから」
その言葉がトリスタンの胸の奥深くで雷のように響いた。今まで感じたことのない熱が体を駆け巡る。
(僕は……臆病者だ。戦いなんて嫌だ……でも……ユリウス君を……守りたい……!)
恐怖が一瞬で吹き飛んだ。同時に、今まで眠っていた力が覚醒する。彼の全身が内側から光を帯び、筋肉が一気に隆起する。まるで獣の本能が呼び覚まされたかのように、理性が研ぎ澄まされ、身体能力が爆発的に向上したのだ。
「僕は臆病だ! でも――ユリウス君を守るためなら……戦う勇気を出すんだ!!」
雄叫びと共に、トリスタンは地面を蹴り飛ばした。その巨体からは想像もつかない俊敏さで暗殺者の死角に滑り込み、振り下ろされた短剣を巨大な掌で受け止めた。
「なっ!? この力……!?」暗殺者が驚愕の声を上げる。
「ユリウス君に手を出すなああっ!」トリスタンの拳が唸りを上げ、暗殺者の胴を捉えた。鈍い衝撃音と共に、暗殺者の体が壁へと叩きつけられる。
ユリウスは呆然と見ていたが、すぐに我に返ると小さく詠唱を始めた。
阻害された中でも
「『身体強化』……これで、もう少し軽く動けますよ!」
トリスタンの筋肉が一層輝きを増し、動きがさらに鋭く正確になる。ユリウスは流れるような動作で暗殺者の懐へと潜り込むと、拾った短剣でその足を払い、バランスを崩させた。
「……助かるよ! 行くぞ!」トリスタンの咆哮に合わせて、二人は息を合わせて動く。
ユリウスが治癒魔法を展開し、トリスタンの浅い傷が瞬く間に塞がる。同時に小さな炎の玉を放ち、暗殺者の視界を一瞬遮った。
「今です!」
トリスタンの渾身の一撃が暗殺者の胸に突き刺さった。
壁に叩きつけられた暗殺者が苦悶の声を漏らす。装束の隙間から覗く顔は既に人間のものとは思えぬほど歪んでいた。
「救世主を狙う影は……一つではない……」
不気味な笑みを浮かべ、次の瞬間、その体は黒い煙となって霧散した。後に残るのは、微かに焦げた匂いだけだった。




