ユリウスの魔術講座 その2
「さあ、ザナヴァス先輩、両手を出して下さい」
ユリウスに促され、ザナヴァスはおずおずと両手を差し出した。ユリウスの白くて華奢な手が、彼の毛むくじゃらの大きな手を包み込む。途端に、じわりとした熱が掌から流れ込んできた。むず痒いような、奇妙な感覚。それはまるで、見えない何かがゆっくりと皮膚の下を這っていくようだった。数秒後、ザナヴァスは耐えきれずにぱっと手を引っ込めた。
「今のは僕の魔力を流しました」ユリウスがにこやかに言う。「魔力の流れは人によって全く違うんですよ。それを知覚するのが大事なんです。そして、一番手っ取り早く知覚する方法は、他人に魔力を流してもらうことなんです。ただ、流す量が肝心で……多すぎると痛かったり苦しかったりしますし、少なすぎると感じにくいんですよね。だから、拷問とかにも使われるんです」
ニコニコと物騒なことを付け加えるユリウスに、ザナヴァスは少しひいた。この少年、やっぱりどこかネジが飛んでいる。
「……で、今のじゃよくわからん」
ザナヴァスが素直に告げると、ユリウスは「うーん」と顎に指を当てて考え込んだ。
「そうですよねぇ。掌からだと、今の量が適量でして。もっと大量に流そうとすると、どうしても強引になっちゃうんですよ」
そして、何かを閃いたようにぱっと顔を上げた。
「接触面積を増やしましょう!」
「は?」
ザナヴァスが呆気に取られている間に、ユリウスはするりと自身の上着を脱ぎ捨てた。白い肌と一見華奢に見える身体が露わになる。
「さ、ザナヴァス先輩も脱いで下さい」
「なっ……!何を言い出すんだお前は!」
思わず後ずさるザナヴァスを、ユリウスはキラキラとした純粋な瞳で見つめてくる。その目には一片の邪念もない。ただひたすらに「魔術の探求」という名の好奇心だけが宿っている。
「脱がなきゃできないんですよ!ささっ!早く早く!」
ユリウスの有無を言わせぬ迫力と、その瞳の純粋さに、ザナヴァスは抵抗する間もなく上着を剝ぎ取られてしまった。剥き出しになった黒狼男の肉体は、日頃の鍛錬で鍛え上げられた筋肉が美しく隆起し、艶やかな黒い毛並みが汗で微かに光っていた。
「さ、先輩。失礼しますね」
ユリウスはそう言うと、まるで子供がぬいぐるみに抱きつくかのように、ためらいなくザナヴァスの鍛えられた身体に抱きついてきた。柔らかな感触と体温が伝わってくる。そして、次の瞬間。
「さあ、いきますよー!」
ユリウスの掛け声と共に、先ほどの掌からとは比較にならないほどの大量の魔力が、ザナヴァスの全身を貫くように流れ込んできた。それは圧倒的な奔流。むず痒さを超えた、身体の内側を直接まさぐられるような、激しく、それでいて鮮烈な感覚だった。
「ぐっ……!」
ザナヴァスは呻き声を漏らし、全身が硬直する。だが、同時に今まで感じたことのない「何か」をハッキリと知覚していた。これが、魔力の流れ……!意識さえすれば、こんなにも明確に感じ取れるものなのか!
その時だった。
「ただいま戻りましたー……って、あれ?」
ガチャリ、とドアが開き、部屋のもう一人の住人であるトリスタンが帰ってきた。手には何か荷物を持っている。そして、目の前の光景を捉えた瞬間、彼の動きがぴたりと止まった。
部屋の中には、上半身裸のザナヴァスと、その逞しい身体にこれまた上半身裸で抱きついているユリウス。二人の間に流れる異様な空気と、尋常ではない魔力の波動。
トリスタンの顔から、サッと血の気が引いた。
「あ、あわわ……!す、すみませんっ!お邪魔しましたぁぁぁ!」
トリスタンはそう叫ぶと、くるりと踵を返して逃げるように部屋を出て行こうとする。その顔は真っ赤に茹で上がっていた。
「ま、待て!違うぞトリスタン!これは……!」
ザナヴァスが慌てて弁解しようとするが、その腕をユリウスが強く掴んで引き止めた。
「ザナヴァス先輩!何やってるんですか!集中して下さい!」
真剣な顔でユリウスが怒鳴る。その剣幕に、ザナヴァスは一瞬言葉を失った。
「出来るかーーーー!!!」
結局、ザナヴァスの絶叫だけが部屋に虚しく響き渡ったのだった。
その後、トリスタンの誤解は意外にもあっさり解けた。
そして数日後に行われた次の魔術基礎理論の小テストでは、ザナヴァスの解答用紙にびっしりと魔力の流れに関する考察が書かれ、過去最高点を大幅に更新した結果となったのは、また別の話である。




