不穏な影
キメラの触手が全て動かなくなった頃には、沼地は静寂を取り戻していた。霧は薄れ、月が顔を出している。
解放された生徒たちは泥まみれのまま、震えながらも安堵の表情を浮かべていた。ユリウスが最後の一人の傷を癒し終えると、全員が無事であることが確認された。
「ふぅ……なんとかなりましたね」ユリウスは額の汗を拭いながら、ほわほわとした笑顔を取り戻していた。「先輩のおかげです。一人じゃ……」
「バカ言うな」ザナヴァスがユリウスの言葉を遮る。顔はそっぽを向いているが、黒狼の耳は真っ直ぐにユリウスの方を向いている。「お前がいなきゃ、どうにもならなかった。……俺の剣術だけじゃ」
「そんなことないですよ~」ユリウスはくすりと笑い、軽く首を傾げる。「先輩の力があったからこそです。それに……」彼は霧が晴れた沼地の奥を見据える。底に沈む何かが月光を僅かに反射している。「このキメラ……明らかに人為的なものです。実習中にこんなものを放つなんて……」
ユリウスの目に、ほんの一瞬だけ鋭い光が走る。魔術研究者としての好奇心と警戒心が混ざり合った瞳だ。
ザナヴァスが低く唸った。その声には怒りが滲んでいる。「こんなもんを野放しにする奴がいるなら……俺が叩き潰す」
そして、ユリウスの方へ向き直る。その目には、かつてユリウスに見せたことのない真摯な光が宿っていた。
「次は……もっとお前の隣に立てるようになる。守られるだけじゃ済まさねぇ」
ユリウスは目を見開き、そして満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ……期待してますよ?」
その言葉は軽やかだったが、彼の心には確かな信頼が刻まれていた。
霧の向こうでは、何者かがこの戦いを見守っていたかもしれない。その者の目的も正体も、今はまだ闇の中だ。
だが、この霧の中で育まれた二人の絆は、これから彼らを待ち受けるさらなる試練への確かな礎となろうとしていた。
ユリウスの視線が一瞬だけ沼地の底に注がれる。彼の古代魔術研究者としての勘が、そこに沈む何か――今回の事件の核心に繋がる何か――を捉えていた。
そしてその視線の先には、彼だけが感じ取れる微かな魔力の残滓が、夜霧の中に幽かに浮かんでいた。




