ダンジョン探索
朝霧が漂う中、二人は改めて洞窟の入口に立っていた。ザナヴァスが鍵を差し込み、錆びついた門を開く。
「さあ、始めるぞ」
ザナヴァスが松明を灯しながら言った。
洞窟内部は意外と整備されており、階段や通路には定期的な照明設備があった。
「思ったより整頓されていますね」
ユリウスが感心した様子で言う。
「前任者が整備してくれたんだろうな」
ザナヴァスが説明する。
「表向きは資源枯渇だけど、ある程度管理されていた証拠だ」
二人は第一階層を進んでいく。時折小さな昆虫や小型モンスターが現れるが、どちらも簡単に処理できるレベルだった。
「本当に何もないな……」
三階層目に達した頃、ザナヴァスがため息をつく。
「うちの調査隊が二ヶ月かけて何も見つけられなかったんだ。諦めかけているんだ」
ユリウスは真剣な表情で周囲を観察していた。
「まだ可能性はあります。古代の遺跡は表層だけで判断できません」
***
四階層目に差し掛かった時、ユリウスが立ち止まった。
「ここから……空気が変わった気がします」
「空気?」
ザナヴァスが鼻をひくつかせる。
「特に臭いは変わらないけどな」
ユリウスは目を閉じ、両手を広げた。
「魔力の流れを感じます。これは……」
「どうした?」
「待ってください」
ユリウスは何かに集中しているようだった。
「このフロアの特定の部分だけ魔力の流れが違う……」
彼は突然膝をつき、地面の小石を一つ拾い上げた。
「こうしましょう」
ユリウスが指先で小石に触れると、淡い光が小石を包む。
「魔力感知石です。これを各壁にぶつけてみましょう」
「そんな小石で何がわかるんだ?」
ザナヴァスが首を傾げる。
「見ていてください」
ユリウスが小石を軽く壁に投げつけた。すると石は弾かれることなく、まるで磁石に吸い寄せられるように壁に張り付いた。
「え?」
ザナヴァスが目を見開く。
「通常の壁ならこんなことは起きません」
ユリウスが説明する。
「魔力を含んだ壁や特殊加工された石材の場合にのみこのような反応が起きます」
二人は全ての壁に小石を試していった。ほとんどの壁で石は跳ね返ったが、西側の一部の壁では同じように吸い付く現象が見られた。
「これは……」
ザナヴァスの声が震える。
「何かあるのか?」
「おそらく」
ユリウスが頷く。
「でも表面的には普通の壁に見えます。隠し扉の可能性が高いですね」
***
ユリウスは更に精密な検査を始めた。小石を複数作り出し、異なる角度と速度で壁に投げつけていく。しばらくして彼は眉を上げた。
「わかりました。この部分だけ、微かな魔力の波動があります」
「どうやって開けるんだ?」
「ちょっと待ってください」
ユリウスは両手を壁に当て、目を閉じた。
「接続を試みます」
彼の指先から細い魔力の糸が伸び、壁の中に消えていく。
「おい……何してる?」
ザナヴァスが不安そうに尋ねる。
「壁の構造解析です」
ユリウスが集中したまま答える。
「この壁は単なる石ではなく……古代の防衛機構の一部です。解除パターンを見つけ出せば……」
突然、ユリウスが目を開いた。
「ありました!解除方法を発見しました」
「本当に?」
「ええ」
ユリウスが微笑む。
「でも少し特殊な解除方法です。僕の持っているアイテムが必要です」
彼はポーチから小さな結晶を取り出した。
「これは古代魔術の共鳴石です。この壁と同じ種類の魔力を持っています」
ユリウスが石を壁に当てると、柔らかな青い光が広がり始めた。壁全体がゆっくりと振動し始め、やがて中央部分が左右に分かれて開いていった。
「うわっ……」
ザナヴァスが驚愕の表情を浮かべる。
「まさか本当に隠し扉があったとは……」
「やりましたね!」
ユリウスが喜びを抑えられない様子で言う。
「これがラザフォード家にとっての突破口になるかもしれません」
二人の目の前には、今までとは明らかに異なる雰囲気の空間が広がっていた。古代の装飾が施された廊下が奥へと続いており、壁には未知の文字が刻まれていた。
「行くぞ」
ザナヴァスの声には興奮と期待が混ざっていた。
「俺たちが最初にこの謎を解き明かすんだ」
ユリウスは深呼吸をして頷いた。
「はい!さあ、歴史の扉を開きましょう!!」
***
二人は未知の領域へと足を踏み入れていった。壁に刻まれた古代文字が淡い光を放ち始め、まるで彼らを歓迎しているかのようだった。
「これは……」
ユリウスが指さす。
「アストライア固有の文字です。でも通常のものとは異なる……」
「解読できるのか?」
「ええ」
ユリウスが自信を持って言う。
「家にあった古文書に似たものがありました」
彼が文字を読み進めていくうちに、その表情が変わっていった。
「これは……警告文かもしれません」
「警告?」
「はい」
ユリウスが真剣な表情で言う。
「『財宝に触れる者は覚悟せよ』と書いてあります」
ユリウスは古代文字を読み終えると、眉をひそめた。
「これは単なる脅し文句ではないようです」
「どういうことだ?」
ザナヴァスが警戒しながら尋ねる。
「古代アストライア王国では、本当に危険な遺物にだけこの警告文を刻みました」
ユリウスの声が緊張に満ちていた。
「通常の財宝なら『汝の勇気を示せ』などの挑戦的な文言が使われたはずです」
二人は廊下を進みながら注意深く周囲を観察した。壁には一定間隔で同じ警告文が刻まれており、奥に行くにつれて文言が変化していった。
「『触れる前に知識を持て』……『無知は最大の罪』……」ユリウスが読み上げる。
「まるで学者向けのメッセージだな」
ザナヴァスが呟く。
「そうなんです」
ユリウスが頷く。
「これは単なる財宝の部屋ではなく……」
***
廊下の終わりに到達すると、そこには巨大な金属製の扉があった。扉には複雑な魔術回路が刻まれており、中央には大きな水晶が埋め込まれていた。
「これは……」
ザナヴァスが息を呑む。
「封印の門ですね」
ユリウスが説明する。
「古代アストライア王国の最高機密を守るために作られたものです」
扉に近づくと、埋め込まれた水晶が淡く光り始めた。
「反応していますね、解除できると思います」
ユリウスが慎重に水晶に手を触れると、複雑な光の紋様が壁一面に広がった。数秒後、重厚な音と共に金属扉がゆっくりと開き始めた。
「……開いた」
ザナヴァスの声が震える。
扉の向こうに広がるのは—まさに伝説の宝物庫だった。金銀宝石が溢れんばかりに並び、壁一面には精巧な彫刻が施されている。部屋の中央には七つの台座が円形に配置され、それぞれに異なる宝物が安置されていた。
「わぁ……」
ユリウスが思わず声を漏らす。
「こんなに素晴らしい財宝は初めて見ます……」
彼の瞳は宝に釘付けになり、足が自然と前へ進んでいた。その時—
ザナヴァスの声が遠くから聞こえた。
ユリウスが振り向くと、ザナヴァスは宝物へとゆっくり歩み寄っていた。その目は虚ろで焦点が合っていない。
彼は素早く行動し、ザナヴァスの尻尾を掴んだ。その瞬間、ザナヴァスの体がビクッと震え、彼は正気を取り戻した。
「ザナヴァス先輩」
ユリウスが優しく話しかける
「え……?何だ?」
ザナヴァスが混乱した様子で周りを見る。
「俺……今何を……」
「宝の魔力に引き寄せられていました」
ユリウスが真剣な表情で説明する。
「この財宝は単なる装飾品ではありません。全て魔力が込められています」
「どういうことだ?」
ザナヴァスが自分の尻尾を撫でながら尋ねる。
「宝物に触れることが引き金になって—呪いが一気に押し寄せて死にます」
ユリウスが指さす先には、床に刻まれた複雑な術式が淡く光っていた。
「見てください、この防御術式。少なくとも数百年前のものです」
ユリウスが壁に刻まれた古代文字に近づくと、魔力の糸が彼の指先から伸びて文字と繋がった。
「すごい……」
彼の目が輝く。
「これだけ複雑に組み込まれた術式は見たことがありません。保護と威嚇、両方の機能を持っています」
「具体的に何があるんだ?」
ザナヴァスが尋ねる。
「触れた瞬間、術式が活性化して呪いが発動します」
ユリウスが説明する。
「おそらく心臓麻痺か出血多量のいずれかでしょう。死亡時に大量の魔力が放出され、術式が再充填されます。永遠の仕組みですね」
ユリウスの目はキラキラと輝いていた。




