救出劇
夕闇迫る劇場。観客席には松明の灯が揺れていた。ユリウスは重い衣装を身に纏い、鏡の前で深呼吸する。
「ユリウスさん!出番です!」
衣装係が血相を変えている。代役劇はすでに三分の一が終わっていた。本来のヒロインが突然消えたことに気づいた観客は居ない。
「わかりました!」
ユリウスは覚悟を決めた。舞台袖から覗けば、スポットライトの先で悲しげに俯く王子役の俳優の台詞が聞こえる。
「おお……我が愛しのミレーユよ……どこへ消えたのだ!」
「――王子様」
ユリウスが歩み出る。衣擦れの音さえ計算した優雅さで。一瞬の静寂の後、客席からどよめきが沸いた。
「ミレーユだ!」「本物のミレーユ!」
感嘆の声に背中を押され、ユリウスは台本を暗記した通りに演じ始めた。
「私を追ってくださいますか……遠き星の下までも」
儚げな声色に、王子役が目を見開く。彼は今日初めてユリウスを見たはずだ。だが演技は完璧だった。
***
一方その頃、劇場裏手では緊迫が走っていた。
「見つけたぞ」
コンラッドの低く鋭い声が夜風に乗る。港近くの朽ちた倉庫――そこから響くミレーユの悲鳴をセナの影が捉えたのだ。
「中に四人。首領っぽい奴がナイフ持ってる」
セナが小声で報告。アレクシスの眉が寄る。
「正面突破は危険だな」
「よし」エドガーが指をパチンと鳴らす。「オイラが囮で暴れるから、隙を見て突入しようぜ!」
彼が倉庫の壁を蹴破った瞬間、中に潜んでいたロイクが咆哮した。
「何だテメェは!?」
「てめえこそ誰だ!?」エドガーが啖呵を切る。「人気劇団の主演を誘拐するたぁ、いい度胸してんじゃねえか!」
「黙れ小猿が!」
怒号とともにナイフが閃く。エドガーは猿特有の反射神経で跳び退りながら叫んだ。
「アレク!今だ!」
その声を合図にアレクシスの指が動いた。虚空に描かれる魔法陣。一瞬の眩い光と共に倉庫の梁が揺れ、誘拐犯たちの注意が上へ逸れる。
「隙あり!」
コンラッドの拳が炸裂した。巨躯の手下が崩れ落ちる。アレクシスは素早くミレーユの縄を解くと、影から伸びたセナの手が彼女を安全な場所へ導いた。
「助けてくれてありがとう!」
「い、いえ!とんでもないです!」
吃りながらもしっかり頷くセナ。しかし――
「逃げられると思うなよ!」
ロイクが怒りに任せて飛び出した。彼の狙いはミレーユだ。
「おとなしく金を払わねえなら、お前も道連れだ!」
短刀が月光を映して煌めいたその刹那――
「させるか!」
コンラッドの拳が風を切った。巨岩のような一撃がロイクの鳩尾を打ち抜き、男は悶絶しながら転がった。




