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エルフの里の危機

夜の帳が下りた村に、荒い息をつく影が一つ転がり込んだ。金緑の髪、尖った耳――それは若きエルフの王子、ライエル=フェンローズであった。彼の衣は裂け、肩には深い切り傷。血に濡れた手で必死に村の門を叩く。


「……お願いだ……助けて……! 里が……堕精霊使いに……!」


村人たちは驚き慌てたが、すぐに駆け寄り、手当を始めた。その場に居合わせたのは、ユリウスの使い魔となった二頭の竜――ヴォルカ=スモルドとリュミナ=カーボである。


「また厄介な奴が転がり込んできたな……」

ヴォルカは子犬サイズの体から普段よりも一回り大きな子牛ほどのサイズに戻り、尾を地面に打ち鳴らし、苛立たしげに吐き捨てる。その漆黒の鱗が夜闇の中で微かに輝く。

「どこの馬の骨だ? お前の知り合いか?」

隣で煤けた灰色の子犬サイズのリュミナが怯えながらも、震える声でライエルの瞳を覗き込んだ。

「本当に……追われてるんだね。森の気配が乱れてる……! 何か……とても恐ろしいものが、この村に向かってくるよ!」


その直後、森の奥から耳障りな囁きが響いた。瘴気をまとった異形の精霊たちが、夜の森を割って村へ押し寄せてきたのだ。彼らの目は血のように赤く光り、身体からは黒い靄が立ち上っている。


「チッ、ユリウスが居ねぇ時に限って……!」

ヴォルカは咆哮し、煤炎を吐き出して迫る怪物を焼き払う。だが、その煤炎のブレスは以前より威力が抑えられている。村人に被害が出ないように調整しているのだ。

リュミナは灰色の翼を広げ、煤の幕を張って村人を隠す。小さな翼を必死に羽ばたかせ、煤の粒子を操る。村人たちも槍や火を手に取り、必死に応戦する。


だが、敵は次々と湧き出してくる。瘴気に汚された精霊はかつての清浄さを失い、異様な力で押し寄せるのだった。リュミナの煤の幕が破られ、村人が傷つき始める。

「おいリュミナ! もっと幕を濃く張れ! ユリウスが帰ってくるまでの辛抱だ!」

「ぼ、僕だってやってる! でも、数が多すぎる……! それに……この精霊たち、普通じゃない! すごく……強い!」

押し寄せる闇に、ヴォルカの胸に苛立ちと焦りが募る。彼の煤炎も徐々に敵に耐性がついてきて効果が薄れているのが見て取れる。リュミナの煤隠れも完全には機能していない。

「……チッ、俺じゃ、あいつみたいには……!」


その瞬間、闇を切り裂く声が夜空に響いた。


「――下がりなさい!」


凛とした声とともに、蒼き光が村を照らした。村の入り口から、一人の少年が颯爽と現れた。金髪碧眼の、どこか優しげな顔立ちの少年――ユリウス・クラウディールである。彼の手には、古代の装飾が施された細身の黒剣が握られ、刀身から淡く青い光が漏れ出している。彼は黒を基調とした学院の部屋着を身に纏っていた。


「ユリウス!」

「ご主人様!」


ヴォルカとリュミナが安堵と喜びの声を上げる。ユリウスは剣を構え、迫りくる異形の精霊たちに向き合う。その瞳は冷静でありながらも、強い意志が宿っている。


ユリウスが剣を一閃させると、蒼い魔力が光の刃となり、夜の闇を切り裂いた。その軌跡に触れた瘴気をまとう精霊たちは、まるで蒸発するかのように浄化されていく。ユリウスは一歩踏み込むと、さらに剣を振るう。その度に蒼い光が空間を走り、複数の精霊をまとめて消滅させていく。


ユリウスの剣技は洗練されており、無駄な動きが一切ない。剣の動きに合わせて魔力が流れ、彼の意図するところに正確に作用する。それはヴォルカの豪快な煤炎とは異なる、精密で洗練された力だった。


「遅れてすみません。――あとは任せてください」


ユリウスは冷静に告げると、残りの精霊たちへと前線に躍り出た。その動きは俊敏で、敵の動きを完璧に読み切っているかのようだ。彼の剣が再び振るわれるたびに、蒼い光が閃き、瘴気をまとう精霊たちを一息に祓っていく。その姿は神々しくもあり、頼もしくもあった。


ヴォルカは子犬サイズに戻り、呆然とユリウスの戦いぶりを見つめていた。

「……相変わらず、やるじゃねぇか」

リュミナも安堵のため息をつきながら、その場に座り込んだ。

「……ご主人様の魔力……やっぱりすごいや……」


戦いの後、異形の精霊たちの姿は消え去り、村に静寂が戻った。ライエルはユリウスの前に膝をつき、深く頭を垂れた。

「貴方が……この村の領主とお見受けします、……どうか、どうか力を貸していただきたい! 我らの里は、かつての司祭サリオンに襲われています。精霊を堕とし、父上を幽閉し、森を穢しているのです……!」

ライエルの瞳は涙に濡れ、その声には切実な響きがあった。誇り高いエルフの王子としての威厳は失われていたが、故郷と父を思う一心でここに逃げ延びてきたのだということが痛いほど伝わってきた。


ユリウスは静かに目を細め、ライエルの肩に優しく手を置いた。

「分かりました。あなたの里を放ってはおけません。このユリウス・クラウディール、お力になりましょう。まずは怪我を治療しなければ」


彼の言葉は穏やかでありながらも、強い決意を感じさせた。

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