ザナヴァスからの依頼
「おい」
ある日ザナヴァスがユリウスを見つけるなり声をかけた。
「ちょっと相談があるんだが……」
ユリウスはエドガーとトリスタンの輪から抜け出し、ザナヴァスに近づいた。
「どうしたんですか?」
ザナヴァスは周囲を見回し、声を低くして言った。
「実は……家のダンジョンのことで困ってるんだ」
「ダンジョン?」
ユリウスの目が好奇心で輝く。
「どんなダンジョンですか?」
「俺の家が管理することになった新しいダンジョンだ」
ザナヴァスの表情が暗くなる。
「だがこれは単純な問題じゃない」
彼は席に着き、周囲の目を避けるように話し始めた。
「本来ならウチが管理するのは南部の大規模ダンジョンだった。資源も豊富で収益性も高い場所だ」
彼はため息をついた。
「だが、公爵家と親密なある貴族が突然現れて……『公式文書』を持ってきたんだ」
「文書?」
ユリウスが首を傾げる。
「王室の許可証らしい」
ザナヴァスの拳が握り締められる。
「その貴族がその土地の管理権を得たという。代わりに俺たちに押し付けられたのが北部の古くて探索され尽くしたダンジョンだ」
「それは……」
「ああ」
ザナヴァスが頷く。
「あまりにも不自然だ。父上も疑っていたが、文書は正式なもので……」
「つまり嵌められたんですね」
ユリウスが理解する。
「ここだけの話……ってわけでもねーか……ラザフォード家は今かなり不味い状況だ」
ザナヴァスが正直に認める。
「他家からの妨害が露骨になってきた」
ユリウスは考え込んだ。
「それで、なぜ僕に?」
「お前の魔術の知識と技術があれば……」
ザナヴァスが真剣な眼差しを向ける。
「ダンジョンを探索して何か価値のあるものを見つけられるかもしれねーだろ?特にあの遺跡みたいな転移装置とかな」
「なるほど」
ユリウスが頷く。
「以前の遺跡みたいに隠しルートがあるかもしれないということですね」
ザナヴァスが苦笑いを浮かべる。
「正直な話……このままじゃ家も危ない。なんとしても収益源を作りたくてな……」
ユリウスは迷わず答えた。
「やりましょう!」
ザナヴァスが驚いた表情を見せる。
「え……?」
「休みの予定なら大丈夫です!」
ユリウスが目を輝かせる。
「本当か?」
ザナヴァスの目が希望で輝く。
「でもお前も忙しいんじゃ……」
「僕にとっても最高の機会です!」
ユリウスが興奮した様子で続ける。
「ダンジョン探査は実地調査の宝庫ですから!」
ザナヴァスの表情が緩む。
「そうか……恩に着る」
***
「場所は?」
ユリウスが尋ねる。
「北部の廃鉱山だ」
ザナヴァスが説明する。
「表向きは探索済みだが、お前なら何か見つけられるかもと思ってな」
「了解です!準備を進めましょう」
ユリウスが立ち上がる。
「ああ」
ザナヴァスも席を立った。
「兄貴には俺から話を通しておく。正式な依頼としてな」
「ありがとうございます!」
ユリウスが頭を下げる。
「気にすんな」
ザナヴァスが不器用に手を振る。
「むしろこっちが頼む側だ……すまねーな」
その言葉にユリウスは微笑んだ。
「いえいえ!お互い様です!」
その言葉にザナヴァスは初めて笑顔を見せた。
***
休みが近づき、学院はいつになく賑やかになっていた。休暇のため寮を離れる生徒たちの荷造りや挨拶が至るところで行われていた。
ザナヴァスと立ち話をしていたユリウスに
「ユリウス〜!休みも一緒に勉強しようね!」
トリスタンが大きく手を振る。
「はい!でも最初はザナヴァスさんと出かけてきますね」
「え?どこ行くの?」
「北のダンジョンです!」
トリスタンの顔が曇った。
「また危ないことするの?」
「大丈夫ですよ!」
ユリウスが明るく答える。
「今回は調査目的ですし、ザナヴァス先輩が一緒ですから」
「気をつけてね……僕も一緒に行けたらよかったんだけど……」
「すまんが流石に他家の者を軽々しく入れるわけにはな……」
ザナヴァスが説明する。
「いいよ。でも本当に注意してね」
トリスタンが真剣な表情でそう告げた。
***
荷物をまとめた二人は早朝に学院を出発した。
ザナヴァスは準備した馬を引いていた。
「さて、北までは結構遠いからな」
彼が馬にまたがりながら言う。
「まあ馬なら急げば5日も掛からず着けるだろう」
ユリウスが目を丸くして尋ねる。
「走ったり飛んだりしたほうが早くないですか?」
「え?」
「え?」
二人の間に一瞬の沈黙が流れた。
「あー……?」
ザナヴァスが苦笑いする。
「流石に2人は無理だろ?」
「いえいえ!」
ユリウスが自信満々に手を広げる。
「風と強化魔法で走って跳んで、場所によってはすいーっと飛べば早く着けますよ!」
「まじかよ……」
「それに馬だと途中で休憩が……」
「わかったわかった!」
ザナヴァスが降参するように両手を上げた。
「お前のペースで行こう。流石にそんな魔術使えるとは思わなかったぜ」
***
ユリウスは両手を合わせ、小さな魔法陣を展開した。
「まずは身体強化から」
彼が呟く。その瞬間、淡い緑色の光が二人を包み込む。
「おおっ……体が軽くなったような……」
「次に風操作!」
今度は青い光が足元に広がる。
「これで走る時の抵抗が減ります」
「すごいな……」
ザナヴァスが感心した様子で自分の足元を見る。
「さあ、行きましょう!」
ユリウスが地面を蹴ると、まるで風に乗ったように前へ滑り出した。
「え?ちょ……待てよ!」
ザナヴァスが慌てて後を追う。
二人は草原を駆け抜けていく。通常の走り方とは異なり、地面を蹴るたびに体が軽く宙に浮き、次の踏み込みまでの距離が異常に伸びていた。
「すげえな!これは!」
ザナヴァスが興奮した声を上げる。
「ふふっ」
ユリウスが楽しそうに笑う。
「でもまだ本番じゃないですよ!」
彼は更に魔力を集中させると、両者の体を薄い膜のようなものが覆った。
「空気摩擦防止魔法です。これで加速します!」
その瞬間、二人の姿が景色の中に溶け込むように加速した。風を切る音だけが耳に残り、周囲の景色が滝のように後方に流れ去っていく。
「ちょっ……速すぎるだろ!」
ザナヴァスが叫ぶが、ほとんど聞こえない。
「大丈夫です!この状態なら障害物も自動で避けられますから!」
森の中も川の上も関係なく、二人は一直線に北へと進んでいく。途中で休憩することもなく、まるで雲のように大地を横切っていく。
***
半日後、夕暮れの光が山々を赤く染める頃、二人は目的地の廃鉱山に到着した。
「ついたぞ……」
ザナヴァスが肩で息をしながら呟く。
「こんなに早く着くとは……」
ユリウスは平然とした様子で周囲を見回した。
「さて、これが例のダンジョンですね」
目の前には大きな洞窟の入口があり、真新しい看板には「ラザフォード家管理区域」と書かれていた。
「ああ」
ザナヴァスが懐から鍵を取り出す。
「ここが入り口だ。内部は簡単な構造だが……」
「でも何かありますよ!」
ユリウスが目を輝かせる。
「この感じ……地下深くに何か大きな魔力反応が……」
ザナヴァスの目が広がった。
「マジか?」
「ええ!」
ユリウスが頷く。
「しかも相当古い……おそらく数百年前のものかもしれません」
「じゃあ明日から本格的に調べるぞ」
ザナヴァスが言う。
「今夜は近くの宿で休もう」
「了解です!」
ユリウスが元気よく返事をした。
二人は月明かりに照らされた山道を下り、宿へと向かった。夜空には無数の星が輝き、明日からの冒険を予感させるように煌めいていた。




