結ばれた友情
神殿から脱出した一行が水面に浮かび上がると、驚くべき光景が広がっていた。
嵐は完全に収まり、海は鏡のように静まり返っていた。黒雲が嘘のように晴れ渡り、満天の星空が水平線を彩っている。海鳥たちが祝うように舞い、波間には魚群の跳ねる光が瞬く。
「あれは……!」
カイオスが目を見開いた。水平線の向こうに小さな影が見えた。それはだんだん大きくなり、船団の姿へと変わる。ネレイア港を出た救援隊だ。
「王子様!」「カイオス殿下がご無事だ!」
漁船や小型帆船が波を蹴立てて近づいてくる。甲板には松明を掲げた民たちの顔が浮かび上がり、歓喜の声が波を越えて届く。
「あいつら……こんなに来てくれたのか……」
カイオスの目に熱いものが滲んだ。ネレウスがそっと王子の肩に手を置いた。
港はすでに宴の準備が始まっていた。篝火が並び、魚介料理や葡萄酒が並べられたテーブルがいくつも並ぶ。人々は王子の帰りを待っていたのだ。
「王子!」「ありがとう、王子様!」
カイオスが桟橋に足を着けるや否や、老若男女が押し寄せた。涙を流す者、握手を求める者、子供たちは王子の腕にしがみつく。ガラドンとネレウスは群衆を整理しながらも、誇らしげな笑みを隠せなかった。
「ユリウス様!」
群衆の一角から声が上がる。クラーケンに襲われた船乗りたちだ。
「あんたのおかげで村が救われた……!本当にありがとう!」
ユリウスは照れ臭そうに手を振り、少し下がった場所でその光景を見守った。
「殿下の戦いぶりを見ていました」
ユリウスがカイオスの背中にそっと声をかける。
「本当に……胸が熱くなりました。あなたは素晴らしい王子です」
カイオスはくるりと振り返り、照れながらも誇らしげに笑った。
「いや……俺一人じゃ何もできなかった。お前がいてくれたからだ」
「そう言っていただけるのは光栄です」ユリウスは微笑む。「でも、殿下が前に立ったからこそ、皆がついてこられたんです」
***
翌日、カイオスと共にティレニア王宮へと向かった。謁見の間には王と王妃が待ち構えていた。玉座の前の赤い絨毯を踏みしめるたびに、ユリウスは緊張を覚えた。あの海の王だ。どんな人物なのか……
「よくぞ戻った、我が息子よ」
低く力強い声が響いた。玉座に座るティレニア王・ネレウスは、巨大なホオジロザメの獣人だった。青く鋭い眼光と分厚い胸板、威厳ある風格。カイオスの父とは思えぬほど逞しい姿に、ユリウスは思わず息を呑む。
「……そして、お前が学院から派遣されたクラウディール家の使者ユリウスか」
王の視線がユリウスに向けられた。獲物を値踏みするような鋭い目だ。
「報告は全て聞いている。我が国を救ったこと……心から感謝する」
ユリウスはひざまずき、深々と頭を下げた。
「僕はただ……仲間としてできることをしただけです。この海が再び穏やかに戻ったこと……本当に嬉しく思います」
王はゆっくりと頷いた。そして立ち上がり、自ら玉座から降りてユリウスの前に立った。その大きな手でユリウスの肩をがっしりと掴む。
「感謝の証として、お前に『海の友』の称号を与える。これよりお前は我らティレニア王国の客人だ」
ユリウスは驚きと感動で言葉が出なかった。
王は侍従に合図を送った。侍従が恭しく差し出したのは、青く輝く貝殻の印章だった。『海の友』の証である。
「これを持つ者は我が国の港を自由に行き来できる。いつでも戻ってきてくれ」
謁見が終わった後、カイオスがユリウスを王宮のテラスへと誘った。眼下にはネレイアの美しい環礁都市が広がる。
「父上……意外と話せるだろ?」カイオスが笑った。「いつもあんな感じだ。でも信頼した者には深い情を示す」
「素敵な王様ですね」ユリウスも微笑む。「あなたを誇りに思っていらっしゃる」
***
その夜、ユリウスはラシードと共にカイオスの私邸に招かれた。広間には既にガラドンとネレウスもおり、酒と魚介料理が並んでいる。
「まずは乾杯だ!」カイオスが銀杯を掲げた。「海の守護者ユリウスと、我が王国の未来に!」
全員が杯を合わせる。ユリウスは砂漠と海の仲間たちに囲まれながら、不思議な安心感を覚えていた。
「……本当に今回の件で、俺も学ぶことが多かった」カイオスが酒を一口飲んで言った。「父上の背中を追いかけるばかりじゃ駄目なんだ。自分で考え、自分で決断しなきゃいけない」
ユリウスは真剣に頷いた。
「そのお気持ち……とても大切なことです」
「そうだよな」カイオスは少し酔った目で笑った。「だから決めたんだ。これからもっと勉強する。戦うだけじゃなく、民を導くために何が必要かを」
「必ずいい王になられますよ」ユリウスが静かに告げた。「その時は……僕もまた全力で力を貸します」
ガラドンが笑いながら割り込んだ。「おいおいユリウス、それじゃお前が王様みたいじゃないか」
「そ、そんな……」
「いや、実際そうだよ」カイオスが真顔で言った。「お前は俺たちにとって特別な存在だ」
ガラドンが突然声を低くした。「ただ……少し気になることがある」
ネレウスが頷く。「タラッサを操っていたのが海魔だけだったのか? 背後に何か……別の意志を感じたんだ」
ユリウスは杯を止めた。
「……僕も同じことを考えていました。実は他国でも似た様な事がありまして……」
***
「なるほど……キメラに伝説の大蛇と紅蓮教団か……正直スケールが大きすぎて頭がおかしくなりそうだ」
カイオスは頭をかきながら笑った。「でもな、ユリウス。これだけは覚えていてほしい」
王子は真剣な目でユリウスを見つめた。
「どんな敵が来ようとも、俺たちはお前の味方だ。この海を守ったお前を、俺たちは絶対に見捨てない」
窓の外では、静かな波の音が聞こえる。明日にはユリウスは学院へ戻らねばならない。しかし今夜だけは、海の仲間たちと酒を酌み交わしていたかった。この絆が、これから待ち受ける戦いの中でどれほど大切なものになるか、まだ誰も知らない。




