クラーケン
船は幽霊船の残骸が漂う海域を抜け、深海へと舵を切った。船底で見つけたのは青く脈打つ真珠を嵌めた羅針盤。古代文字で「海神の眠る処」と刻まれている。
「これが真珠羅針盤……」カイオス王子が目を見開く。「祖父の文献で見たことがある。ティレニアの秘宝だ」
船が静かに沈む。珊瑚の林を抜け、巨大な石門が現れる。門には水竜の彫刻。魔法の障壁が青い光の網となって張り巡らされている。
「うーん、この魔法陣の構造は……」
ユリウスが空中に指を走らせると、複雑な幾何学模様が浮かび上がる。「空間座標が歪んでるタイプですね。ちょっと入れ替えれば……」
ポンッと指を鳴らすと障壁が溶けるように消えた。
「なっ……そんな簡単な……!」カイオスの唇が震える。「俺の水属性魔法でも何日も掛かるのに……」
「慣れですよ殿下」ユリウスはにっこりと笑う。「さあ行きましょう!古代文明の謎が待ってますよ!」
***
遺跡内部は息をのむ美しさだった。天井から差し込む光で真珠が虹色に輝き、床には古代文字の彫られた石板が並ぶ。壁一面には壁画が描かれていた。
「これは……」ネレウスが壁に手を当てる。「我々の祖先だ。人魚族と……イルカ獣人が共存している」
「へへっ!宝の山だな!」ガラドンが壁を叩くと、金の装飾品が崩れ落ちる。「おっとっと!」
ユリウスは壁画の前に膝をついた。「これは興味深いですね。左の女性は海神ネレイデス。右の男性は嵐の精霊。そして真ん中にあるのが『蒼き宝玉』……おそらく嵐を鎮める神器でしょう」
「そんなこと……知っていたのか?」カイオスの声が裏返る。
「いいえ。でもこの魔術式から推測できます。太陽の光と潮汐エネルギーを変換する装置ですね。素晴らしい技術体系だ!」
王子は俯いた。護衛や異邦人が次々と真相を解く中、王族の自分が何もできないことに拳を握りしめる。「我が国のことなのに……何も知らない……」
***
突然、地鳴りが轟いた。遺跡全体が震え、天井から真珠の破片が雨のように降り注ぐ。
「まさか……」ネレウスが血相を変える。「地下に何かが目覚めた!」
轟音と共に天井が崩れ落ちた。そこから伸びるのは――巨大な紫色の触手。太さは船のマストほどもある。
「クラーケンだぁっ!」ガラドンが叫ぶ。「伝説の海魔が現れたぞ!」
遺跡は一瞬で戦場と化した。触手が壁を叩き壊し、柱が砕ける。ネレウスが双剣を閃かせ触手を切り裂くが、すぐに再生する。
「若様!ここは退避を!」ガラドンが盾になりながら王子を後退させる。
「馬鹿言うな!」カイオスは杖を構えた。「『水槍陣』!」
十数本の水槍が触手を串刺しにするが――
「グオオオッ!」
クラーケンの咆哮と共に水槍が粉砕され、触手が王子へと伸びる。
「カイオス様!」
ネレウスが飛び込むも間に合わない。巨大な腕が王子を弾き飛ばす!
「ぐあああっ!」
壁に叩きつけられた王子の肺から空気が漏れる。視界が揺らぐ中、遺跡が崩壊していくのが見える。
「また……守れないのか……!」
ユリウスの姿を探すが、クラーケンの影に隠れて見えない。絶望が胸を締め付けたその時だった—




