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海洋王国ティレニア

学院長室の空気は重かった。老魔導師エルドランが古びた羊皮紙を机に戻すと、革表紙の重い帳簿がぱたりと閉じる音が響く。


「……止まぬ嵐。海底神殿の神器暴走か」


机越しに立つ海軍提督シャチ獣人セリオスが拳を握り締めた。藍色の制服には鷲獅子の紋章。彼の頬を伝う汗はただの夏の暑さだけではなかった。


「是です。海洋王国ティレニア全域で激しい嵐が発生しています。通常ならば月一度程度の海嘯が、昼夜問わず押し寄せ、港は完全に機能停止状態」セリオスの目は海将らしく決然としている。「報告では海底神殿の奥に眠る《潮流の水晶》が異常活性化しているとのこと。我々の精鋭兵でも接近できぬ状態で――」


「君が直接来たということは」エルドランの碧眼が細くなる。「既に海軍の手には負えぬ域に達したと見るべきか」


「恥ずかしながら」提督は深く頭を垂れた。「王国はこのままでは干上がります。最後の望みとして……彼の有名なユリウス・クラウディールに助力を願いたい」


***


青く輝く水平線が朝焼けに溶け合う。船縁に身を乗り出すユリウスの目は好奇心で大きく見開かれていた。

「うわぁ~!こんな綺麗な海、初めて見ましたよぉ~!」

波間を跳ねる虹色の小魚群。岩肌から湧き上がる珊瑚礁の森。時おり水面を横切る巨大な影。

セリオス提督は苦笑しながら言った。

「若き魔導師殿はまるで子どもそのものだな」


「当然ですとも!学院では大陸内の資料ばかりでしたからね!」

ユリウスは懐から小さな硝子瓶を取り出し、水中から飛び上がってきた銀色の魚を魔法で吸い上げる。

「ほらこれ!この背びれの形状……文献には載っていない珍種ですよ!」

「……失礼ながらユリウス殿」セリオスが咳払いした。「我らがこれから向かうティレニアは深刻な危機にあるのだ」


「そうでしたね、お気持ちを考えずすみません」


ユリウスが一転して真顔になると、船倉の方から苛立たしい声が飛んだ。

「外部者が我が国の問題を気安く扱うな!」

桟橋に佇むマーメイド獣人の少年――カイオス王子が眉を吊り上げる。尾ひれは濃紺の鱗に覆われ、手には青い水晶の杖。

「セリオス提督、なぜこのような者に依頼した?」


「カイオス殿下!」提督が慌てて駆け寄ろうとする。

「いいんですよ」ユリウスは軽く手を振った。「まずは皆さんのお話を伺いましょう」

その暢気な態度に、王子の傍らで双剣を構えたイルカ獣人・ネレウスの目が険しくなる。

「若様が侮辱されたと見えるぞ……」


「よせネレウス!」巨漢のサメ獣人・ガラドンが割って入る。「ここは我らの庭じゃない。提督殿の言うことを聞け」

護衛たちの緊迫した空気が流れる中、王子の幼馴染オルフェウス(人魚少年)が前に進み出てユリウスに小さく会釈する。

「ユリウス様。どうか王子を誤解なさらずに……今は様々な問題により気が立っておいでなのです」


「僕は気にして居ませんよ」


ユリウスは笑顔で応えた。

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