説教と期待
学院に戻った一行はすぐに教員室へと案内された。セドリック教師が厳しい表情で待っていた。
「君たち!無断で深層に入ったそうですね!」
彼の声が部屋中に響く。
「申し訳ありません」
ライナスが頭を下げる。
「緊急事態でした」
「理由は後で聞きます」
セドリックがため息をつく。
「まずは体調の確認です。医務室へ行ってもらいますよ」
ライナスとザナヴァスは疲労の色を見せながらもしっかりと立っていた。エドガーはまだ少し足元がおぼつかない様子だった。
「あと……」
セドリックがユリウスの方を見る。
「クラウディール君。あなたの魔術について少々聞きたいことがあります」
ユリウスが身構える。
「え……?」
セドリック教師の目が鋭くなった。
「深層への転移だけでなく、ガーディアンを討伐するほどの魔力増幅魔術を使えたとのことですが……それらの魔術は基礎課程で習う範疇を超えていますね」
ユリウスは背筋を伸ばしたまま答える。
「確かに……独学で研究したものです。規則に違反していたのなら謝罪します」
「独学?」
セドリックが驚きの表情を見せる。
「では……それは学院で認めていない私製の魔術ということですか?」
「はい」
ユリウスが頷く。
「ただし安全性には十分配慮しています。今回使用した魔術も事前に実験で安全性を確認していました」
教室に沈黙が流れる。ライナスが口を開いた。
「あの……ユリウスの魔術がなければ我々は全滅していたかもしれません」
ザナヴァスも続いた。
「結果論かもしれませんが、こいつの判断は適切だったかと」
セドリック教師は再び深いため息をついた。
「わかりました。今日の件については深く掘り下げません。ですが……クラウディール君、あなたは明日朝一番に私の研究室に来るように」
「わかりました」
ユリウスが真剣な表情で応じる。
***
その夜、学生寮の一室でユリウスは窓の外を見つめていた。今日は色々なことがあった。初めての遺跡探索、魔導ガーディアンとの遭遇、そして自分の魔術が認められた瞬間……
(もっと研究したい。もっと学びたい)
彼の胸に新たな決意が芽生えていた。
***
翌朝、ユリウスは約束通りセドリック教師の研究室を訪れた。扉をノックすると中から「入りなさい」という声が返ってきた。
「失礼します」
ユリウスは丁寧にお辞儀をして室内に入る。
セドリックは机に向かって何やら書き物をしていた。彼はペンを置くとユリウスの方を向いた。
「昨日は大変な一日だったようですね」
彼の口調は昨日よりも幾分穏やかだった。
「はい」
ユリウスが控えめに答える。
「率直に尋ねます」
セドリックが真剣な表情になる。
「あなたはどこでそんな高度な魔術を学んだのですか?」
ユリウスは少し考えてから答えた。
「家族の蔵書や古い文献を読むことで自然に覚えました。また、実験と失敗を重ねて改良を重ねています」
「なるほど……」
セドリックが考え込む。
「では昨日使った魔力増幅魔術について詳しく教えてもらえますか?」
ユリウスは説明を始めた。剣の分子振動を利用し物理的貫通力を高める仕組みについて。彼の説明は非常に詳細で科学的だった。
セドリック教師の目が次第に輝き始めた。
「興味深い……魔力と物理法則の融合か……」
彼はメモを取りながら熱心に聞き入っていた。
「素晴らしい考察力です」
説明が終わるとセドリックが感嘆の声を上げた。
「しかし一点注意があります」
ユリウスが身構える。
「あなたの能力は確かに優れています。ですがそれを軽々しく公開すべきではありません」
セドリックが真剣な表情で続ける。
「特に魔力増幅のような強力な効果を持つ魔術は、悪用される危険性もあります」
「はい、わかっています」
ユリウスが頷く。
「だからこそ慎重に研究しています」
セドリック教師が微笑んだ。
「よろしい。ただし……」
彼は立ち上がって机の引き出しから一冊の本を取り出した。
「この書物は特別な許可を得て借りてきたものです。あなたの研究に役立つでしょう」
それは『古代魔導理論』と題された分厚い本だった。
「これは……!」ユリウスの目が輝く。
「あなたのような好奇心旺盛な学生は時に厄介ですが……」
セドリックが苦笑する。
「同時に最も成長する可能性を持っています。この書物は学院の特別書庫に保管されているもので、普通は上級生でも許可が必要です」
ユリウスは恐縮しながら本を受け取った。
「ありがとうございます!大切に扱います」
「ただし」
セドリックが厳しい表情に戻る。
「これを読んだからといって調子に乗らないこと。特に昨日のようなくらい危険な場所には……」
「わかってます!」
ユリウスが慌てて割り込む。
「もう勝手に行ったりしません!約束します!」
セドリック教師が小さく笑った。
「それならいいでしょう。では授業に戻りなさい」
「はい!」
ユリウスは深々とお辞儀をして部屋を後にした。




