太陽
翌朝。夜明けの砂漠が茜色に染まり始めた頃、ラシードたち一行は城へと戻った。謁見の間には主だった重臣たちが集まり、張り詰めた空気が漂っていた。
「何が起きたのですか、殿下……?」
大臣が震える声で尋ねる。ラシードは深く息を吸い込み、昨日の出来事を簡潔に報告した。ジャファルの裏切り、サル=ザハルの復活、そして──。
「ユリウスによって龍は倒され、砂漠の危機は回避された」
ざわめきが広がる。信じがたい事実に誰もが目を見開いていたが、その場に立つユリウスの毅然とした佇まいとラシードの重々しい表情が真実だと告げていた。
「ジャファルは……?」
宰相が尋ねると、縄で縛られたジャファルが兵士に引かれる形で現れた。以前の自信に満ちた彼の姿はなく、うつろな目で虚空を睨んでいた。裁判へと連行されていく後ろ姿を誰もが複雑な思いで見送った。
「さて……」
カリムがぽつりと言った。「あのおっさんが言ってた『あのお方』とやらは結局行方知れずだな」
ユリウスの眉がかすかに曇る。「魔力痕が途中で完全に途切れています……あれほどの魔物を従わせていた存在ですから、油断はできません」
その言葉に緊張が走る。しかし同時に、砂漠の危機は去ったという事実が皆を少し落ち着かせた。
「学院長への報告もありますので、今日はここで……」
ユリウスが礼儀正しく述べる。帰り支度を始める彼に対し、ハーリドが必死に袖を引いた。
「もう行ってしまうんですか?せめて一晩だけでも……!」
彼の目に溢れる感謝と寂しさにユリウスは微笑んで頷いた。
***
その夜は盛大な宴が催された。宮殿の庭園には篝火が焚かれ、砂漠の民たちが集まって祝いの歌と踊りに興じている。ハキームとハーリドがユリウスに杯を渡しながら深々と頭を下げた。
「改めて言わせてほしい。君がいなければ我々は滅びていた」
「本当に……本当にありがとうございました」
ユリウスは杯を受け取りながら首を横に振る。「僕一人の力ではありません。皆さんと協力できたからこそです」
そこにカリムが豪快な笑い声と共に割り込んできた。
「いやいや!名実ともに砂漠の英雄だな!これからは『伝説の魔術師ユリウス』として語り継がれるぞ!」
「それはさすがに……」とユリウスが苦笑する。
ふとラシードの姿を探すと、カリムが意味ありげに目を細めた。
「あいつか?流石に血を流しすぎたな。消耗しきって爆睡してるらしいよ。『宴には出るから起こせ』とかめちゃくちゃな事言ってたけどな」
ハーリドがくすくす笑いながら付け加えた。「きっと後で飛び出してくるよ。あなたには直接言いたいことが山ほどあるみたいだし」
夜風が優しく砂を撫でていく。煌めく星々の下でユリウスは思った。(この温かい砂漠の民にまた会える日を楽しみにしよう)
***
翌朝。見送りの馬車が用意される中、砂漠の民が大勢集まってきた。子供たちが花を投げかけ、大人たちは「英雄さま!」と声を張り上げる。その熱狂の中を、一人の人影が猛然と人混みを掻き分けて進んでくる。
「ユリウス!!」
息を切らせたラシードが汗だくで馬車の前に立ちはだかった。寝癖もそのままの姿にカリムが「ほら見ろ」と指をさして笑う。ラシードは気にせずユリウスを真っ直ぐ見つめた。
「今回の件……本当に世話になった」
昨日の疲れが嘘のように、その瞳には強い意志が宿っていた。
「お前の力は凄まじい。俺なんか足元にも及ばん……だが」
ラシードは拳を握りしめた。朝日に照らされた金色の砂漠を背景に彼の輪郭が輝く。
「お前は俺にとっての太陽だ。今は眩しすぎて手が届かん。だが必ず……必ず横に立てる男になって迎えに行く」
突然の誓いにユリウスはキョトンとした表情を浮かべたが、すぐにいつもの優しい笑みを返した。
「はい!また会いましょう!」
ラシードは少し拍子抜けしたような、それでいてどこか嬉しそうな苦笑を浮かべた。
カリムが肩を叩き、「おいおい照れるなよ~」と茶化す。周囲からも「英雄様ー!」「また来てくださいねー!」と賑やかな声援が飛ぶ。
轟音と共に馬車が動き出した。ユリウスは窓から身を乗り出し、大きく手を振る。
「ありがとうございました!皆さんもお元気で!」
砂煙を上げて遠ざかる馬車を見送る中で、ラシードは夕焼け色に染まる地平線をじっと見つめていた。
(いつか必ず……この砂漠の誇りと共に、あの太陽に並ぶ日が来ると信じて)
風が彼の鬣を揺らし、新たな決意を乗せて吹き抜けていった。
これにて砂漠の王国編終了です。
ご愛読ありがとうございました。




