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砂漠の夜

「……そうか……ジャファル……が」


ラシードが呟いた言葉は砂に吸い込まれるように消えた。その背中はいつもの堂々としたものではなく、ひどく小さく見えた。


三人を拾ったのは偶然にも近くのオアシスを巡回していた蠍族の小隊だった。砂上を駆ける彼らの甲殻が月光を反射し、まるで星空を運ぶ使者のようだった。ユリウスは揺れる荷台の中、ラシードにことの顛末を語り終えたところだった。


「ジャファルが……」


ラシードの拳が震える。幌の隙間から差し込む月明かりが、彼の頬を伝う雫を銀色に輝かせた。遺跡から少し離れた場所で一行は休憩を取っていた。横たわるジャファルの傍らでラシードはただ黙って立ち尽くしていた。カリムが気遣うように近づこうとするが、彼の足は止まる。今のラシードに言葉は届かない。


「こいつの処遇は任せてくれ」


突然ラシードが口を開いた。その声は低く、しかし芯があった。


「本当に……ありがとうな。お前が来てくれなかったら……」


ユリウスは微笑む。言葉少なだったが、そこに込められた感謝と決意を感じ取れた。


集落へ着いたのは夜半過ぎだった。族長たちが驚愕の表情で待ち構えていた。カリムが彼らを前にして、ジャファルの反逆とサル=ザハルの顕現、そしてユリウスたちの活躍を全て余さず伝えた。緊張感が漂う広場の片隅でユリウスはラシードに歩み寄り、小さく呪文を唱えると彼の額に手を当てた。


「少しでも体力が戻りますように……」


ラシードはうっすらと目を閉じる。疲れ果てたのか、そのまま崩れるように横になった。ユリウスもまた、極度の疲労で意識が霞み始める。誰かがそっと毛布をかけてくれた感触を覚えながら、深い眠りへと落ちていった。


***


物音──?


夜半過ぎ。ユリウスは微かな衣擦れの音で目を覚ました。体を起こすと、掛けられていた毛布がさらりと肌を撫でる。外から漏れる月明かりが部屋を青白く染めていた。


(ラシードさん……?)


魔力の残滓が感じ取れる。それもついさっきまで近くにあったものが、今はわずかに漂う程度。ユリウスは毛布を羽織り立ち上がった。魔力痕は微かだが確実に外へ続いていた。


集落を少し外れた岩陰でラシードは座り込んでいた。満月を仰ぐ後ろ姿は彫像のように孤独だった。ユリウスはそっと近づき、


「横失礼しますね」


声をかけて隣に腰を下ろした。風が二人の間を通り過ぎる。


「……魔術が効いたようで良かったです」


沈黙を破ったのはユリウスだった。


「あぁ」


ラシードは頷いた。声には疲労の色が濃い。


「正直……相手がお前でなければ……ジャファルの裏切りは信じられなかった」


月を見つめるラシードの横顔には深い悲しみが刻まれていた。ユリウスは何も言わずに続きを待った。


「あいつは……兄貴みたいな存在だったんだ。剣を教えてくれたのも、この砂漠の掟を叩き込んでくれたのもジャファルだった。俺にとって……国以上に大切な仲間だった……」


唇を噛むラシードの拳がぎゅっと握りしめられる。


「なのに俺は……あいつが抱えていた闇に気づかなかった。俺の未熟さが……国を危機に晒したんだ」


悔恨の言葉が夜風に乗る。


ユリウスはそっとラシードの腕に触れた。そして穏やかに告げた。


「今ここには……僕たちしかいませんから」


その言葉が何かを解き放ったかのように、ラシードの表情が崩れた。抑えきれない嗚咽が漏れ出す。


「信じて……いたのに……!ずっと……!」


涙が頬を伝い落ちる。ユリウスは何も言わずに彼をそっと抱きしめた。砂漠の夜風が二人の体温を奪う中で、互いの鼓動だけが確かな温もりを伝え合っていた。


月光は静かに二人を照らし続けていた。黒龍を討ち果たした光の奔流とは違う、慈しむような優しい輝きで──。

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