裏切り
ガギンッ!!
金属が激しくぶつかる音が暗い地下空間に響き渡る。ジャファルの目が驚愕で見開かれていた──ユリウスの小さな手には確かな剣が握られていたのだ。刃は寸分の狂いもなく、ジャファルの必殺の一撃を止めていた。
「何故だ……!」
掠れた声が震えた。剣を押しつけ合ったまま、ユリウスの色の蒼色の瞳が冷たく光る。
「だって、ずっと僕を尾けてたじゃないですか」
彼は剣を押し返しながら言った。「カリムさんと会った時も、ずっと背後から視線を感じてましたよ。それに、変装魔法をしてるのに正体がバレたのは……貴方が誰かに報告したからですよね?」
「チッ……」
ジャファルは素早く後方へ飛び退り、間合いを取った。額に浮かぶ冷や汗が月光に光る。完全に読まれていた──ラシードの信頼を得るために仕組んだ数々の“偶然”も全て。
「気が付いていたなら何故直ぐに動かなかった?」
苦々しい顔でジャファルが問う。
「単純に信頼度の話です、仮に僕が進言しても精々同行を控えるぐらいになったでしょうし。なら目の届く範囲にいてもらった方が御し易いです」
「チッ……」
ジャファルが舌打ちしながらジリジリと距離を詰めてくる。
「それで、貴方は紅蓮教団ってことでいいんでしょうか?」
ユリウスが剣先をぴたりとジャファルに向ける。
「ずっと昔からラシード殿下に仕えていた騎士……いや、“潜入者”というべきでしょうか?」
「そうだ……」
ジャファルが唇を噛みしめる。
「私は……ずっと昔からこの国を憎んでいたからな。私の母は──」
「言い訳もそれっぽい過去も僕に言われても困ります」
ユリウスの声は氷のように冷たかった。
「裁きの場で好きなだけ言えばいいじゃないですか」
次の瞬間、ユリウスの姿が消えた。否──文字通りジャファルの目前に瞬間移動したかのような速さで踏み込んできたのだ。
「!!」
必死で身体を捻り、頬を掠める一閃を紙一重で避けるジャファル。後方に転がりながら距離を取るが、額から一筋の鮮血が流れた。
「……クソ餓鬼が……!」
ギリギリと歯を食いしばるジャファル。その両目に宿る憎しみは深く昏い。一方のユリウスは、呼吸ひとつ乱すことなく、ただ静かに剣を構え直す。その姿はまるで感情の無い剣そのもの。幼く見えても──その奥にあるのは、彼が今まで積み重ねてきた“力”への確信だった。
***
一方、地下深く。広大な円形の空間へと足を踏み入れたラシードとカリム。
「警戒しろ……」
ラシードが低く呟き、剣を抜く。壁に等間隔に並んだ燭台がゆらゆらと炎を揺らめかせる。
「ようこそ……皇太子様」
不気味な声が空間に反響した。
一瞬の静寂の後──壁際に配置されていた無数の人影が一斉に動き出し、二人を取り囲む。皆赤いローブを羽織り、顔を覆っていた。
「チッ……罠か……!」
ラシードが舌打ちする。カリムは拳を握りしめ、「クソー!」と声を荒げた。
人影が一歩後ろに下がり、左右に割れた。その中央からゆっくりと一人の男が歩み出てくる。
「初めまして……皇太子様」
奇妙な仮面を被った男。その姿にカリムは目を見開いた。
「あーっ!」
思わず声を上げる。それは先日ユリウスに追い払われたあの男にそっくりだった。しかし──
「私は紅蓮教団の教祖マリクと申します」
男が仮面を外す。現れたのは……コブラの顔。全身が緑色の鱗に覆われている。
(あれ……?)
カリムが違和感を覚える。確かに姿形は似ている。だがよく見ればコブラとしての顔の特徴や身体つきの凹凸が微妙に異なる。声の質も全く違った。
「貴様が……黒幕か……!」
ラシードが鋭く問い詰める。
「左様でございます」マリクが恭しく頭を垂れる。
「嘘だ……」カリムが割り込んだ。「お前……前にユリウスに追い払われた男とは別人だな! 声も違えば身体つきも違う!」
ピクリ。
教祖マリクの顔が一瞬、微かに歪んだ。
「……どちらでも良いことでございますよ」
マリクはゆっくりと顔を上げる。その目は冷たく嘲笑するような光を宿していた。
「あなた方はここで死ぬのですから!」
マリクが両手を大きく広げた瞬間──周囲を取り囲む人影が凄まじい咆哮を上げた。黒い霧のような瘴気が彼らを包み込み、肌が硬質化し、牙や爪が伸びていく。異形の魔物へと姿を変えたのだ。
「!?」
カリムは言葉を失う。魔物と化した者の群れの中に……見知った顔があった。
「……ラジャス?……ハサン?……マズリナ……!?」
かつて共に旅をした仲間たち。飢えた獣のような叫び声を上げながらこちらを睨みつける彼ら。カリムの足が凍りつく。武器を持つ手が震えた。
「おい……どうした、カリム!」
ラシードが檄を飛ばすが、カリムはただ仲間たちの名を叫び続けていた。恐怖と戸惑いが全身を支配していた。
「……馬鹿が!」
ラシードが怒りに燃える声で叫ぶ。
「もはや助けられん! ならばせめて──仇を討つのだと覚悟しろ!」
その言葉がカリムの胸に突き刺さった。
ハッとする。震える手を握りしめる。目の前にいるのは、もはや友ではない。凶暴な魔物だ。だが──それが友であった事実は変わらない。
「……………くっ……!」
ギリリッ!
強く唇を噛みしめ、血の味が口中に広がった。握りしめた槍の柄が軋む。
「……くそったれ!」
ラシードの隣に立つ。その瞳にはもう迷いはなかった。悲しみと怒りと決意が混ざり合った光を宿している。
「やれ!」
マリクの号令一下、異形の魔物たちが一斉に二人へと襲いかかった!




