蠍族
「待ってくれ」
砂丘を登り始めた一行をカリムが引き止めた。
「まず俺たちの村に寄らせてくれないか?」
ユリウスは首を傾げる。「なぜです?」
「仲間に報告したいんだ。それに……」
彼は意味深にユリウスを見上げる。
「お前のこと紹介したい」
反対する理由もない。四人は砂漠を横断し、岩陰に隠された小さな村へと向かった。
***
「人族の子供だと?」
「しかも帝国の皇太子だ?」
「ふざけた冗談はよせ」
最初は険悪な空気だった。槍を構える戦士たち。だが――
「本当なんだ!」
カリムが両手を広げ叫ぶ。
「ユリウスは……俺たちの祖先が伝え残した《砂漠の英雄》そのものなんだ!」
全員が呆気にとられる。
「何を言い出すかと思えば……」
「この金髪の子供が?」
「馬鹿げたこと言ってんじゃ――」
族長の重々しい声が遮った。
「カリムよ」
灰色の髭を撫でながら彼は静かに問う。
「その言葉に……お前の《針》を賭けてもいいのか?」
場が凍りついた。
《針》――それは砂漠民にとって最も神聖な誓いの証。背中にある第三の眼を貫く毒針のこと。それを賭けるということは命すら懸ける意味を持つ。
カリムは一瞬だけ躊躇した。しかし――
「俺の針にかけて誓う!」
迷いなき声で断言した。
次の瞬間――
「信じるぞ!」
「カリムがそこまで言うなら!」
「間違いない!」
一族全員が納得した。
(……ええっと……?)
ユリウスの困惑が顔に出る。その表情を見てカリムが笑い飛ばした。
「細けえことはいいんだ!お前が英雄だってことが大事なんだ!」
族長は咳払いをして本題に入った。
「昨夜の騒動について詳しく話せ」
カリムが昨夜の出来事を詳細に説明する。怪しい男の存在、巨大蛭。そしてユリウスの活躍。
「それで東の遺跡が気になるんだが……」
「その件なら心当たりがある」
族長が目を細めた。
「半月ほど前から奇妙な者どもがうろついている。人とも獣ともつかぬ気配の連中だ」
「それは怪しいですね」
ユリウスが即答する。
「すぐに向かいましょう」
だが族長は首を振った。
「もう日が暮れる。今日はここで休め」
***
その夜――
焚き火を囲んだ宴が始まった。羊の丸焼きや香草入りの蒸し料理。ユリウスにとっては未知の味ばかりだ。
「だから言ったろ!帝国が弱腰だから――!」
「貴様こそ蛮族の分際で!」
カリムとラシードの口論は絶えない。ジャファルが必死に宥めるも効果なし。
とうとうカリムが「もう知らん!」と立ち上がり外へ飛び出した。
「まったく……」
ラシードが舌打ちする。ふと族長と目が合った。
「皇太子殿」
老人が声を潜める。
「うちの若造が無礼を詫びる」
「カリムのことか?」
「いや……砂漠民すべてのことだ」
族長は遠くを眺める。
「我々は長い間帝国から疎外されてきた。水源を奪われ、土地を追われたこともあった」
ラシードの胸が締め付けられる。父祖の代から続く因縁。自ら何もしていないのに背負う罪悪感。
「それでも……」
族長は微笑んだ。「今日のような出来事も稀ではあるが起こる。それだけは救いだ」
***
外へ出たユリウス。
「カリム?」
呼びかけると岩陰から少年が顔を出した。
「なんだよ……笑いに来たのか?」
「いえ、星を見に来ただけです」
ユリウスは静かに腰を下ろした。砂漠の夜空に無数の星が輝いている。
「……《砂漠の英雄》の話だけど」
ユリウスが切り出した。
「どんな人物だったんですか?」
カリムの目が輝く。「そりゃあ凄い人だったんだぜ!」
彼は語り出す。
千年前、砂漠が魔物で溢れた時代。黄金の髪を持つ青年が現れ、不思議な術で魔を祓った。
「金髪に青い瞳……」
カリムがユリウスを見つめる。
「それに治癒の力まで持ってるなんて……」
「偶然の一致ですよ」
「いや違う!」
少年は力強く否定した。
「俺の針にかけて誓える!」
彼は突然立ち上がり、腰の短剣を抜いた。「ユリウス・クラウディール……それがお前の運命の名だ!」
ユリウスは苦笑いを浮かべた。
「そんな大げさな……」
「大げさじゃない!」
カリムは月光を浴びて誓うように叫ぶ。
「お前は俺たちの希望だ!」
静寂の中、風が砂を運んでくる。ユリウスは少し考えてから――
「そうかもしれないね」
柔らかな笑みを浮かべた。
その瞬間――
カリムの目に映った彼の姿は確かに《英雄》そのものだった。




