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巨大蛭

「大丈夫ですか?」ユリウスがカリムの肩に手を置く。

「あ、あぁ……」応えるカリムの視線は天井に大きく開いた穴に釘付けになっていた。


「変に崩れなくて良かったです。下手すれば生き埋めでしたよ」


ユリウスの冷静な分析と対照的に、地上は地獄絵図だった。


『グシャアアッ!』


突如地上に現れた巨大蛭。動きは鈍いが口から噴射される赤い粘液は鋼鉄の門扉すら溶解させる。悲鳴と警鐘が交錯する街並み。ブルルッ――巨体が震える度に胴部から小型の蛭が分裂し、逃げ遅れた市民や建物に張り付いて内部から溶かしていく。


「ひでぇ……」カリムの拳が震える。


「帝国は嫌いだが……こんな風に蹂躙されていいわけがねぇ!」


決意を秘めた眼光でユリウスを睨む。

「ユリウス!あの蛭を止めるぞ!」


「――はい」


即答したユリウスはカリムを軽々と抱え上げ、壁を蹴って跳躍。一瞬で街を見渡せる高塔に着地する。


「カリムさんは小型と避難誘導をお願いします」


言うや否や白銀の閃光と化し、空中を舞う。風を切る音と共に巨大蛭の背に剣を一閃。『グゥアアアッ!』怪物の悲鳴が夜空に響く。切り裂かれた傷口から噴き出す小型蛭と溶解液。


(厄介だな……)


結界で封じるには体積が大きすぎる。酸性液の対策を考えつつも刻々と被害は拡大していく。時間がない。


「仕方ありません」


ユリウスは円を描くように高速飛行を開始。軌道上に氷晶を形成し飛散する粘液を凍結させる。同時に風魔法で気流を制御。


「――『氷嵐牢』」


瞬く間に氷の竜巻が怪物を取り囲む。キラキラと月光を反射する水晶の牢獄。中央で完全に凍りついた巨大蛭が彫像のごとく鎮座する。


「終わりです」


着地したユリウスが氷塊に手を添える。掌から放射される重力波。パリンッ……パリンッ……微細な破片となり月夜に煌めいて舞い落ちる。


「――!」


遠く離れた屋根の上でカリムは目を見開いた。まるで伝説の英雄譚の一場面。神々しいまでの光景に見惚れる。

(スゲェ……これが本物の魔術師かよ)

憧憬の眼差しを向けながら避難誘導に戻った。


***


巨大蛭が跡形もなく消えた後――ユリウスは風のように駆け巡っていた。


「こちらに怪我人を運んでください!」


血で汚れた通りを悠然と歩む金髪の少年。その指先が触れるだけで溶解痕が綺麗に塞がっていく。まるで神聖な儀式を思わせる動作だった。


「奇跡だ……」


市民たちが囁く。溶けかけた肌が瞬時に修復され、苦悶の表情が安堵に変わる。数百年も前に失われた砂漠の英雄譚が蘇ったような錯覚。伝承では「黄金の髪を持つ癒し手が災いを退ける」とあった――まさにその通りの光景だった。


***


「こちらです!お願いします!」


最後の重症患者を担架に乗せる。額に汗を滲ませながらも疲労を微塵も見せず治癒を続けるユリウス。月明かりが金髪に乱反射し、水滴となって宙に舞う。その神々しい姿を遠くの建物の陰から見つめる人物がいた。


「ハァ……ハァ……!」


走ってきたラシード達。荒い呼吸を整えながら広場へ踏み入る。中央で輝くユリウスの姿に息を呑む。


(なんて美しい……)


ラシードは無意識に胸元を掴んだ。鼓動が高鳴る。その瞬間――ユリウスが彼の方へ振り向いた。汗に濡れた髪が月光でキラリと煌めく。


「ラシード様?」


その声で現実に戻ったように頭を振る。

「ユリウス……お前は一体何者なんだ?」


***


「――と、いうわけです」


作戦会議室での報告が終わる。テーブルの中央にはユリウスが採取した盃の破片が置かれていた。わずかに残留する邪悪な魔力が瘴気のように立ち昇っている。


「紅蓮教団の仕業なのか……?」ラシードが呟く。


「教団かどうかは不明ですが、少なくともアストライアで騒ぎを起こした人物と同一……若しくは関係者であると考えられます」


ユリウスが補足する。


「なんと……」


ハキームが顔面蒼白となる。ユリウスの介入がなければどれほどの犠牲者が出たか想像に難くなかった。


「次はどう動く?」ラシードが問う。

「まだ敵は近くにいます」


ユリウスが盃の破片を握りしめる。


「この小さな欠片では解析不能ですが……魔力の波動が砂漠方向に続いています」


その言葉を遮るように若い声が響いた。


「俺たち蠍族なら砂漠は庭みたいなもんだ!」


カリムが拳をテーブルに叩きつけた。

「あんな奴が潜んでそうな場所、だいたい目星つくぜ!」


初めてラシードが彼に気づく。「砂漠族の子供か?」


「そうだ!誇り高き蠍族族長の息子カリム様だ!」


胸を張って名乗ると、突然帝国を非難する。


「お前ら帝国が情けないからあんな奴が現れるんだ!」


「なんだと!?」ラシードの怒号が天井を震わせる。


「お二人とも落ち着いてください」


ハーリドの仲裁も虚しく険悪な空気が漂う。ユリウスはため息をついた。


(あー……やっぱり政治って面倒くさいですね……どちらに着いても角が立つ)


「ユリウス!」カリムが声を弾ませる。


「一緒にあいつを見つけ出して倒すぞ!」


「……はい」


「ならば私も同行しよう」


突如ラシードが宣言。周囲が慌てるが聞く耳持たぬ。


「お待ちください殿下!」ジャファルが懸命に止めるも効果なし。

結局ジャファルの同行を条件に折れた。


「じゃあ決まりだな!」


カリムが満面の笑みを見せる。


「一旦停戦だ!まずはあの男を見つけ出して仲間の仇をうつ!」


ラシードも頷く。罪なき民を傷つけた罪は万死に値すると内心で誓った。


***


翌朝。

砂漠に挑む四人の背中を見送る帝都民。

「ユリウス様!」

「ありがとう!」

感謝の声が風に運ばれる。

「……行きましょう」

ユリウスが砂漠を指さす。その先に潜む者の気配を探りながら――

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