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儀式

「で、どうすんだ?」カリムは腕を組みながらまるで他人事のように問いかけた。


「丸投げですか……」ユリウスはため息混じりに小さく魔術を詠唱する。

「『変容』」


瞬間、彼の全身を淡い光が包んだ。金色の髪は夜闇に溶け込む漆黒に染まり、青く輝いていた瞳は吸い込まれそうな深淵の黒へと変わる。


「おぉ⁈」カリムが目を丸くして感嘆の声をあげる。


「何となくですが……」変装したユリウスが静かに語り始めた。「僕は既に誘拐犯から警戒されている気がするんです。この姿なら目立たないでしょう。少し街をうろついてみます」

「カリムさんは離れて警戒をお願いできますか?」


「任せとけ!」

そう言うと、カリムの体が闇に溶け込むように掻き消えた。気配すら完全に消失する。

(やはり彼は相当な実力者だ……)


「さて……」


夜陰に紛れ、黒髪のユリウスは深夜の街を徘徊し始めた。三つ目の裏路地に入った時だった――空気が変わった。微かだが、確実に異なる魔力の流れを感じる。


「こっちへ……」


風に乗って囁くような声が耳元を掠める。魅了の魔術の成分が微かに含まれている。普通の者なら無意識に導かれてしまうだろうが……


(この程度の魔術では痕跡は残らないだろう……だが遠距離への誘導は難しいはず)


声に従い進むと、何もない壁面の前で止まる。「ぶつかる」と思った刹那――


「――!」


ユリウスは躊躇なく歩みを続けた。壁面を通り抜けた感覚とともに視界が一変する。


「やはり幻惑魔術か……」


昼間調べた区域からは除外していたエリアだ。騒ぎを起こした後だからこそ、敢えて「噂の少ない路地」を選んだのだが……それが逆に幸いした。


(いや……違う)


背筋を冷たいものが走る。

(もしかすると……最初から“誘導”していたのかもしれない)


壁を抜けるとそこには地下へと続く螺旋階段が現れていた。闇に沈んだ先は見えない。


「…………」


ユリウスは静かに息を整え、右手を階段に伸ばす。微弱な魔力の残滓が指先に触れた。


「行くしかないな」

覚悟を決め、一歩ずつ暗闇へと足を踏み入れていく――

---


「……広いな」


螺旋階段を降りきったユリウスがまず感じたのは、異様なまでの血臭だった。四方を囲む石壁も床も、天井さえも――深紅に染まっている。中央には複雑な幾何学模様が描かれた魔法陣があり、その中心には禍々しいデザインの盃が置かれ、底に赤黒い液体が満ちていた。


(儀式用か……あるいは単なる保管庫か)


ユリウスが眉をひそめた瞬間だった。

「ユリウス・クラウディールだな」


闇の奥から低く響く声。振り返ると同時に変装を解く。

「僕を知っているんですね」金髪碧眼に戻ったユリウスが静かに告げる。


「ああ」暗闇から現れたのは奇妙な仮面をつけた赤装束の男だった。布越しにも分かるほど、体が異様に凸凹している。


「貴方が誘拐犯ということで宜しいですか?」

その問いを無視し、男は冷笑した。

「よくも散々邪魔をしてくれたものだな。私の可愛いキメラ達を殺してくれた礼をせねばならん」


(キメラ……?)

「アストライアの騒ぎも貴方の仕業ですね?サンドワームも手引きしたのでしょう」


手を翳すと漆黒の剣が現れる。刃先を男に向け、


「だとしたら?」

「貴方をここで捉えて終わりです。後は僕の知るところじゃない」


冷たい宣告に、男は喉の奥で笑った。

「クックックッ……やってみろ!」


言葉と同時に男が跳躍した。異常に膨れ上がった両腕が四本とも突き出される。

「――!」


漆黒の剣が閃く。ガギンッ!という衝撃音と共に男の腕が止まった。


(斬れない……この前のキメラよりさらに硬い)


距離を取ると同時、バサッという音と共に男の装束が裂けた。露わになったのは熊のような巨躯に四本の腕。形状はそれぞれ異なり、アストライアで戦ったキメラに似ているが精錬されている。小さな頭部と歪な身体つきが醜悪な印象を与える。


「自分をキメラに改造したんですか?」

問いかけを無視し、男は再度襲いかかる。


目にも止まらぬ高速移動と破壊的なパワー。これまでのどのキメラよりも強力だ。


しかしユリウスは冷静だった。刃で受け流し、隙を見て反撃する。ダメージを与えても即座に再生する男に対し、

「終わったのは貴方の方ですよ」


低く宣言するユリウス――突然、暗闇から咆哮が轟いた。


「終わるのはてめぇだ!」


カリムの槍が男の腹部を貫く。ガァッ!という悲鳴。カリムは嘲笑う。

「毒もたっぷり塗ってあるぜ!仲間をどこにやった?」


しかし男は怯まない。四本の腕でカリムの首を締め上げる。

「愚かな虫ケラが!貴様らの仲間などすでに生きておらん!」


「――!」ユリウスの目に怒りが灯る。疾風のごとき速さで移動し、男の腕を一本切断。さらに一閃でもう一本の腕を切り落とすと、掌から放出された魔力波で男を吹き飛ばす。


「終わりです」


剣を突きつけた刹那――男は不気味に笑った。ドロリと溶け、液状化して消える。


「なっ……⁈」


驚愕するユリウスに声が響く。

『くたばれ!』


振り向くと中央の盃が泡立っていた。ユリウスは即座にカリムのもとへ駆け寄り、防御結界を展開。


直後――爆音と共に盃が砕け散り、巨大な蛭の化け物が飛び出した!


「――!!」


怪物は地下を突き破り、月夜の照らす城下町へと姿を現した――

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