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蠍族の戦士

「うーん……やっぱり見つからないなぁ」


ユリウスは険しい表情で首をかしげた。彼は噂のあった廃墟や裏路地を三ヵ所ほど回ったが、どれも決定的な魔術の痕跡は見当たらない。空中に指を舞わせながら「精神干渉」「幻覚生成」「空間歪曲」といった微かな反応を探ってみたが、全て徒労に終わった。


「どうだ?」ラシードが焦れた様子で尋ねる。


「可能性としては……」ユリウスは顎に手を当て、指を一本ずつ立てながら列挙した。


「まず一つ。僕が探知できないほど高度な技術が使われているか、そもそも僕の能力が及ばない領域かもしれません」

「二つ目は、事件そのものが虚偽の可能性」

「三つ目は……物理的な誘拐や単なる誤解」


「結局何だというのだ?」ラシードが苛立ちを露わにする。


「つまり……」ユリウスは困ったように笑った。「現時点では確定的なことは言えません。ただ……」


彼の目が鋭く光った。「これだけ多くの目撃情報があって『何も見つからない』というのは、それ自体が不自然です」


それはともかく…と前置きしてユリウスがジャファルに問う。

「紅蓮教団についてはどうです?」


「所詮噂話です」ジャファルは首を振った。「教団の影を追うには数日では足りません。それこそ本拠地を特定するには何週間もかかるでしょう」


「となると……」ユリウスは虚空を見つめた。「これはもうアレしかないかな……」


---


夜の帳が深く降りた頃。


月光も届かぬ裏路地に、黒い外套をまとった人影がひとり歩いていた。ユリウスである。


(さあ……出て来い)


彼は慎重に足音を忍ばせながら進む。昼間の調査でわざと残した"餌"――つまり、彼自身だ。


曲がり角を曲がった瞬間、彼は小さな違和感を覚えた。


壁の隅に、誰かが膝を抱えるように蹲っていたのだ。


(来たか……)


「大丈夫ですか?」ユリウスは警戒しながらも声をかけた。


次の瞬間――!


蹲っていた影が爆発的な速度で飛び掛かった!


黒装束の男。袖口から鋭利な刃が閃く!


だが――


「残念!」


ユリウスは一歩踏み込み、迫る刃を紙一重で躱すと同時に相手の懐に入り込んだ。右腕が電光石火の速さで翻り、男の腕を掴んで捻り上げる!


「ぎゃあっ!」


男は地面に押さえつけられ、必死にもがく。しかしユリウスの拘束は鋼のように固い。


「大人しくしろ!」


ユリウスの鋭い命令が闇に響く。


「離せよ!この……!!」


男の怒号が轟く。そして――


「この人攫いがっ!」


二人の声が、闇の中で奇妙な響きをもって重なった。


***


ガツガツと音を立てながら豪快に肉料理を平らげる男を、ユリウスは呆れた顔で眺めていた。皿の上の料理がみるみる消えていく様は圧巻の一言だ。


「……で、そろそろいいですか?」ユリウスがようやく口を開くと、


「ゲフッ」

デカいゲップを盛大に放ちながら男がようやくナイフとフォークを置いた。口元を荒っぽく拭い、


「俺はカリム!気高き蠍族の族長の息子だ!」

ドンッとテーブルに足を乗せながら啖呵を切る。


「はぁ……」ユリウスは眉間を揉みつつ、「僕はユリウスです。レオニス学院の生徒をしています」


「嘘つけ!」カリムが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。「学生が俺みてえな歴戦の遊牧戦士をあんな簡単に捩じ伏せられるかよ!」


「そう言われても……」ユリウスは困ったように笑う。「今は国の捜査の手伝いをしているだけで……」


「ケッ!」カリムは唾を吐くように舌打ちする。「今更何をギャンギャン騒いでやがんだか。俺たちの仲間が消えてるってのに!」


「仲間?」ユリウスの目が鋭く光る。「あなたは誰ですか?なぜあんな場所に……」


カリムはふんっと鼻を鳴らした。

「聞いて驚くな。俺たちは砂漠の蠍族。伝統ある遊牧の民だ。最近よ……」

彼の瞳が暗く翳った。

「うちの若い奴らが何人もこの街で消えた。ひとりや二人じゃねぇ。五人……いや六人はいる」


「なるほど」ユリウスは腕を組む。「つまりミイラ取りがミイラになったわけですか」


「そういうこった!」カリムが拳をテーブルに叩きつける。「豪を煮やした俺が『お前らなんかに任せられるか!』ってな感じで単身乗り込んできたんだよ!」


「それで一芝居打ったと?」

「そうさ!」カリムは胸を張った。「弱いふりして待ち伏せって寸法よ。なのに捕まったのは俺だときたもんだ」


ユリウスはため息をつきながらも、思わず苦笑した。

「どうやら目的は同じみたいですね」

サンドワームの一件を簡潔に説明すると――


「はああ⁈サンドワーム倒したのお前なのか⁈」

カリムが目を剥いて椅子ごと後退した。しばらく沈黙した後、

「……まあ、帝国の口先だけの兵隊どもよりはよっぽど信用できそうだな」

腕を組んで呟く。


「帝国が嫌いなんですか?」ユリウスが核心を突くと、「当たり前だ!」カリムの怒号が店内に響く。「ずっと昔からこの土地は俺たち蠍族の縄張りだったんだぞ!それがいつの間にか帝国に『税を払え』『領地から出ていけ』と……今じゃ邪魔者扱いだぜ!」

彼はテーブルを殴りつけた。「この街だってな!元々は砂漠の民の交易拠点だったんだ!」


「あー……」ユリウスは遠い目をして呟いた。「そういうの、ややこしそうですねぇ……」


「ややこしいもクソもあるか!」カリムが叫ぶと同時にバンッと拳でテーブルを叩いた。「そ ん な こ と よ り!」

彼はユリウスの襟首を掴む勢いで迫った。


「誘拐犯はどうすんだよ!俺たちの仲間を取り返す方法を教えろ!」


ユリウスはゆっくりと席に戻り、腕を組んだ。

「うーん……やっぱり囮作戦しかないでしょうね」

静かに告げるとカリムの目が見開かれる。


「お前……」カリムが笑みを浮かべた。獰猛な、しかしどこか爽やかな笑顔だった。「やっぱりそれしかねぇよな!気に入ったぜ!」


「ふふ」ユリウスも微笑む。「お互いの目的のため、協力しませんか?」


カリムは大きく頷き、右手を差し出した。

「おうよ!お前とはなんだか気が合いそうだぜ!」


その無骨な手を、ユリウスは迷わず握り返した。砂漠の風のように乾いた握手が、新しい同盟の始まりを告げていた。

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