ユリウスの村
ある晴れた午後の昼下がり。ユリウスは馬車を駆ってラザフォード家の遠隔地にある領土へと向かっていた。今日の目的地は彼自身が統治することになった小さな村——いや、正確にはユリウスが創り上げたばかりの新しい村だ。
馬車が村の入り口に到着すると、白い髭を蓄えた小柄な老人——村長のテザーが出迎えてくれた。
「ユリウス坊ちゃん!お待ちしておりました!」
彼は嬉しそうに深々と頭を下げた。
「こんにちは、テザーさん」
ユリウスが馬車から降りながら挨拶すると、テザーは手を擦りながら満面の笑みを浮かべた。
「順調ですか?」
ユリウスの問いかけにテザーは力強く頷いた。
「バッチリですよ!坊ちゃんが掘ってくれた貯水池も完璧に機能していますし、あの橋もあと一ヶ月もすれば完成です!」
その言葉にユリウスの顔が明るく輝いた。
ここはルーデアスから命じられてユリウスが直接管理することになった土地だ。廃村寸前だったところをユリウスの魔術で生き返らせ、国内外から集めた移民が今では百名近く暮らしている。特にドワーフ王国からの熟練職人も移住してきており、日々村の発展が加速していた。
「水と火のルーンも問題なく動いています。おかげでどの家でも簡単に水とお湯を使えるようになりました。みんな喜んでおりますよ」
テザーの報告にユリウスは安堵の息を吐いた。彼が直接統治する土地はまだ小さなものだが、それでも責任は重大だ。兄のフラナルが大部分の領地運営を担ってくれているとはいえ、ユリウスに任された領域はきちんと成果を出さなくてはならない。
「何か困ったことはありませんか?」
ユリウスが尋ねるとテザーは少し考え込んだ後、苦笑しながら答えた。
「贅沢を言えば……何か特産物があればなぁと思っておりやす。現在は農作物と職人たちの手工業品が主ですが、もっと村が栄えるきっかけになるようなものを」
なるほど、とユリウスは頷いた。特産品があれば流通網も拡大し、村のさらなる発展につながるだろう。彼はポケットの中の小さな木箱を思い出した。クラリッサ先生からもらった大切なプレゼントだ。
「それじゃあ……アレを試してみましょうか」
ユリウスは急いで丘の方へ向かった。そこからは村全体が一望できる小高い場所だ。
「ユリウス坊ちゃん!アレって何ですかい?」
テザーが追いかけてきて尋ねるが、ユリウスは意味深な笑みで答えずに先を行く。
丘の頂上に着くとユリウスは周囲の地面を手で触れた。
「ちょっとだけ広げさせてもらいますね」
そう言って手のひらを広げると地面が波打ち、植物を植えるのに丁度良い大きさの空間が現れた。
そしてポケットから木箱を取り出し、中に収められた漆黒の種を大切そうに取り出した。
「それはなんですかい?」
テザーが興味津々に覗き込む。
「クラリッサ先生からいただいた種です。魔力を与えて育てれば……きっと面白いものが生まれますよ」
そう言ってユリウスは種を穴に埋め、慎重に土を被せた。
「少し離れてて下さいね」
指示通りテザーが距離を取った瞬間、ユリウスは全身に魔力を集中させた。まるで地の底から何かが目覚めるような轟音と共に土が盛り上がり、漆黒の芽が突き破るように飛び出してきた。
「おぉ!」
テザーが驚愕の声を上げる間もなく、芽はグングンと伸びていき……数秒も経たずに樹齢数百年にも見える巨大な大樹へと成長した。
「坊ちゃん!これヤバいんじゃありませんか⁈」
テザーの悲鳴のような声にユリウスは苦笑しながらテザーを抱え、魔法で素早く飛び退いた。
突然の大きな魔力を感じ取ったのか、空からヴォルカとリュミナが慌てて飛んできて降り立った。
「おいユリウス!またなんかすごいことやってるじゃないか!」
ヴォルカが呆れた声を上げる。
「いや~思ったより成長しましたねぇ」
ユリウスは反省した様子もなく答える。
リュミナは空中から枝を観察し、「あれ?木の実がなってるよ!」と指摘した。
「ほんとだ!」
ユリウスはジャンプして枝から一つの果実をもぎ取った。青緑色の果実は皮が硬そうだが内部からは何とも言えない香りが漂ってくる。
「毒はないみたいですね」
魔力を込めて確認した後、ユリウスは一口齧ってみた。甘さが口いっぱいに広がり、不思議な活力が身体中を駆け巡るのを感じた。
「甘い!テザーさんも食べてみて下さい!」
そう言ってユリウスは果実を半分に割り、テザーに差し出した。
「こ、これは……!」
恐る恐る食べたテザーの顔が見る見るうちに輝いていく。
「これ何ですかい⁈めちゃくちゃ甘くて美味しいですし……なんだか力が湧いてくる感じがします!」
さらに驚くべきことに、もぎ取った部分には既に新しい実が育ち始めていた。この果実は魔力によって定期的に実るようだ。ユリウスは枝の一房を慎重に切り取った。切断された部分はすぐに再生して新芽を伸ばし始める。
ユリウスは満足そうな表情で切り取った枝を眺めた。
「これなら定期的に僕やヴォルカ達が魔力を与えれば……継続的に果実と素材を採れますね!」
ユリウスは村の中心部にある工房へと急いだ。そこでは村一番の鍛冶師であるスカルディンが待機していた。ユリウスがヘッドハンティングしてきたドワーフの匠だ。
「スカルディンさん!これを調べてもらえませんか?」
ユリウスは切り取った枝をスカルディンに手渡した。
「おお……これは」
スカルディンは枝を手の中で軽く回しながら真剣な眼差しで検分していく。
「うーーむ……これは凄い素材だな。魔力が詰まっていてしなやかかつ丈夫だ。加工方法をきちっと練れば……相当良いものが作れるぞ!」
興奮気味に語るスカルディンを見てユリウスは心の中でガッツポーズを取った。
「良かった!これで特産品も出来そうですし、早速兄さん達に報告しましょう」
にっこりと微笑むユリウスを後目に、ヴォルカとリュミナは呆れた表情で顔を見合わせた。
「あいつ世界征服でも狙ってるんじゃないか?」
「ま、まさか……ただ魔術を使いたいだけじゃないかな」
「いずれにしても規格外すぎるな……」
そんな彼らの呟きを背に受けても、ユリウスは全く気づかないまま次の魔術の計画を考え始めていた。
こうしてまた一つ、ユリウスの管理する地域に奇跡のような成果が生まれたのだった。




