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クラリッサのお礼

「ん……」


微睡みから目覚めたユリウスが瞼を開けると、柔らかな朝の光が木漏れ日となって降り注いでいた。すぐ傍らには巨大な銀狼—ヴァルガルムの穏やかな眼差しがあった。


「目が覚めたか」


その声は低く、けれど驚くほど優しかった。まるで長年の友に向けるような親愛が込められている。


ユリウスが周りを見渡すと、彼を囲むようにドライアドたちが立っていた。透き通るような緑の肌を持つ少女たちは皆、静かな感謝の眼差しで彼を見つめていた。


「感謝いたします、ユリウス。あなたがいなければこの森は闇に沈んでいたでしょう」


一番年長と思われるドライアドが丁寧に頭を下げた。ユリウスは慌てて首を振る。


「いえ、ヴァルガルム様とラグナル様のおかげです。私はただお借りした力を少し使わせてもらっただけで……」


彼が言葉を続ける前に、ヴァルガルムがふっと鼻を鳴らした。


「謙遜はいらぬ。我が見てきた中で最も見事な戦いであった。お前は確かに『我が愛子』だ」


その言葉に照れたユリウスは、「よいしょ」と掛け声とともに立ち上がった。戦いの激しさにも関わらず、身体は不思議なくらい軽い。フェンリルの加護がまだ残っているのだろうか。彼は大きく伸びをした。


その無邪気な動作をヴァルガルムは愛おしそうに見つめていた。やがて彼もゆっくりと起き上がると、巨大な頭部をそっとユリウスに寄せ、鼻先を優しく擦り付ける。


「改めて礼を言おう、ユリウス・クラウディール。お前のおかげでこの森は救われた」


ユリウスは顔を赤らめながら答えた。「本当にヴァルガルム様のお力をお借りしたからできただけですから……」


「……」ヴァルガルムはしばらく黙ってユリウスを見つめていたが、突然大きく笑い出した。


「くっくっく……なんと殊勝なことか。力を得た若者が我欲に走るのが常だというのに」


ユリウスは困惑した表情を浮かべたが、すぐに真剣な眼差しで尋ねた。


「あの……ヴァルガルム様。一つお願いがあるのです」


「なんなりと」


「お返しする事は出来ないのでしょうか? この力」


ヴァルガルムの琥珀色の瞳が僅かに見開かれた。


「力を返すと言うのか? 惜しくはないのか? この力はお前の血となり肉となったものだ。今後も使えるであろう」


ユリウスは静かに首を振った。


「身に余る力です……それに、ちゃんと自分で本を読んだり勉強したり研究したりして身につけたいんです。他者からの借り物ではなく、私自身の力で」


ヴァルガルムは長い沈黙の後、深く頷いた。


「よかろう……お前の決意は尊重しよう」


彼は重々しく言った。「ただし一つだけ警告しておく。ヨルヴァースの封印は人間の手によって意図的に解かれたものだ。誰が何のために行ったのかは分からぬが、この件に関してはくれぐれも油断せぬようにな」


「はい」とユリウスは真剣な面持ちで答えた。


---


場面は切り替わり、向かい合うユリウスとヴァルガルム。ユリウスは胸に両手を当て、静かに目を閉じた。やがて彼が胸から手を離すと、その掌には淡い銀色の光が宿っていた。それはヴァルガルムから授かった聖なる力の結晶だった。


ユリウスが両手をヴァルガルムに向けると、光は蛍のように優しく漂い、巨大な銀狼の額へと吸い込まれていった。


光を受け取ったヴァルガルムはゆっくりと目を開け、再びユリウスを見つめた。その琥珀色の瞳には深い感謝と信頼の色が浮かんでいた。


「もうお前はこの森の子も同然だ。困った事があればいつでもここへ来るがいい」


彼の声には温かみがあった。


「はい!」とユリウスは満面の笑みで答えた。この出会いが彼の人生に永遠の刻印を残すことを、彼は直感的に理解していた。


---


その後、学院に戻ったユリウスはクラリッサ先生に全てを報告した。


「と言うような事がありまして……」


話を聞き終えたクラリッサは口をぽかんと開けたまま固まっていた。数秒後、彼女の瞳に理解の光が灯り始めると同時に頬が緩んでいった。


ユリウスが「クラリッサ先生?」と呼びかけると、彼女は「ハッ」と意識を取り戻したように動き出した。


「フェンリル? 森の異変? 封印を解いた人間? どうやら君は私の想像を超えていくわね〜」


クラリッサは椅子に深く腰掛け、深呼吸をした後、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「それにしても……フェンリルの力を手放すなんてすごい決断ね〜。でも先生そう言う子大好きよ〜。純粋で謙虚で……自分の力で上を目指すその姿勢こそが学生の鑑だわ」


彼女はデスクの引き出しから小さな木箱を取り出した。指輪ほどしかないその箱を開けると、中には小さな黒い種が一つだけ入っていた。


「これは今回の特別なご褒美とお礼よ〜。魔力を吸わせて育てる種なの。これを育てて杖やアクセサリーを作るととても馴染んで強力なものが出来るわよ〜。本当に貴重なんだからね!」


ユリウスはキラキラと目を輝かせてそれを受け取った。


「ありがとうございます!」


木箱を大切そうに両手で包み、彼はそれを頬に擦り付けた。


クラリッサは改めて彼の手を取り、その温もりを確かめた。


「本当によく頑張ったわね〜ユリウスちゃん。これからの君が楽しみだわ」


ユリウスは木箱を握りしめたまま、自信に満ちた微笑みを浮かべた。彼の前にはまだまだ未知なる魔術の世界が広がっている。ヴァルガルムに返した力の代わりに手に入れたのは、これから自ら築いていく真の強さへの確かな第一歩だった。


窓の外では、陽光が新たな旅立ちを祝福するように輝いていた。

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