真の姿
ユリウスの『聖狼牙・終焉煌刃』により、
大蛇の身体は完全に砕け落ちた。
だが――
――ドクン。
地面の下から、脈動が響いた。
「……まだ、生きて……いる?」
ユリウスは光翼を収め、荒い息を整えながら後ずさった。
倒れたヨルヴァースの巨躯から、
黒い影が糸のように浮き上がり、
地面に落ちると同時に“海”のように広がる。
ヴァルガルムが苦しげに唸った。
「ユリウス……気を付けろ……あれは……ヨルヴァースの……“本質核”だ……」
「本質核……?」
「奴の肉体など……仮初の殻に過ぎん。闇の魔力の凝縮体こそ……真の姿……!」
影の海から蠢く闇の柱が立ち上がる。
その中に複数の眼が浮かび、獰猛にユリウスを睨む。
「■■■■■■――!!」
闇が噴き出し、森が一気に黒に染まる。
ヴァルガルムの足が崩れ落ちた。
「ヴァルガルム様!!」
「……我は、これ以上は……戦えぬ……ユリウス……ここから先は……お前が……」
ユリウスは短く頷き、立ち上がった。
「はい。――後は僕が全部、引き受けます」
少年の背に淡い光が灯る。
その歩みは静かだが、迷いはまったくなかった。
影の柱が咆哮し、
触手のような闇が四方八方から襲いかかる。
だがユリウスは微笑んだ。
「嬉しいですね……この“未知”……!」
光翼が展開し、彼の姿は残像に変わった。
「『聖刃奔嵐!』」
光の刃が暴風のように巻き起こり、
影の触手をまとめて切り払う。
――バシュッ!バシュゥゥン!!
ヨルヴァースの核が身をよじるように揺れ、
さらに濃い瘴気を噴き出す。
ユリウスはその中へ、まるで喜んで飛び込んだ。
「もっと……もっと見せてください……!
『光衝・穿破!』」
手の平から放たれた光の貫通波が、
闇の柱へ一直線に突き刺さる。
だが。
「……ッ!? 吸収されて……!」
放った光が、闇に飲まれて消えた。
(聖属性でも足りない……!?
じゃあ、もっと……もっと強い“何か”が必要……!)
影が形を変え、巨大な牙となって襲ってくる。
「わぁっ!? 大きい……!でも、こういうの好きですっ!」
ユリウスは楽しそうに笑いながら避け、
空中で詠唱に入る。
「『天衝聖雷!!』」
――バチィィィィンッ!!
白光の雷が上空から落ち、
影を縦に裂いた。
闇は悲鳴を上げるが、すぐに修復する。
「しぶといですね……!」
ユリウスが再度光翼を蹴る――
だが、その一瞬の隙を影が見逃すわけがなかった。
闇が足首を捕えた。
「……しまっ――」
触手が一斉に伸び、
ユリウスの両腕、胸、肩を縛りつける。
――グググッ……!!
「ッ……く……っ!」
魔力が乱れ、魔術が発動できない。
ヨルヴァースの核が巨大な口のように開く。
(……くそっ……落ち着け!焦るな……)
その瞬間だった。
空気が震えた。
影が、恐れるように一斉に後退する。
ユリウスの背後に――
白銀の狼男の影が立っていた。
ラグナル。
かつてヴァルガルムと共にヨルヴァースを封じた、白銀の英雄。
「……貴方は……まさかラグナル様?」
影であるはずなのに、その佇まいは圧倒的だった。
鍛え上げられた体躯、狼耳、白銀の鬣。
手には幻の戦斧。
ラグナルはユリウスを一瞥し、
柔らかく頷いた。
戦友として、ヴァルガルムの代わりに。
“立て。まだ終わっていないぞ。”
声なき声が、確かに伝わった。
ユリウスは涙を滲ませた。
「……はいっ……!!」
次の瞬間、
ラグナルの影は光となってユリウスの胸へ吸い込まれた。
魂が合わさる。
戦友の意志が、少年の光と重なった。
光が爆発し、ユリウスの背に新たな光翼が現れた。
先ほどのものとは違う。
白銀に輝き、狼の羽を思わせる六枚の翼。
ユリウスの瞳は純粋な碧ではない。
白銀の光を宿していた。
「戦友の魂……
ヴァルガルム様と、ラグナルさんの想い……
僕が全部、継ぎます」
影が怯えたように後退する。
ヨルヴァースの核が震え、絶叫する。
「■■■■■■!!」
ユリウスは静かに手を掲げた。
「――『白銀終光!』」
先ほどより遥かに巨大な神槍が形成される。
白銀の英雄ラグナルが使っていた“斧の魂”が宿る槍。
封印の光ではない。
滅ぼすための光。
ヨルヴァースが影の軍勢を全て放つ。
樹海が黒い津波に呑まれる。
ユリウスはただ、一歩踏み出した。
その足跡だけで
“闇が浄化される”。
「ラグナルさん……
ヴァルガルム様……
僕に力を貸してくれて……ありがとうございました」
光槍を構え、叫ぶ。
「これで――終わりです!!!」
放たれた光は地平線を裂き、
黒い核を貫き――内部から粉々に砕いた。
――ドオオオォォォン!!!
爆風が森を駆け抜け、黒い影がすべて消滅する。
ヨルヴァースは、完全に滅んだ。
封印ではない。
浄化でもない。
“討滅”――永遠の終わり。
ユリウスはそっと膝をつき、
胸に宿った光の残滓へ呟いた。
「戦友として……最後まで僕を守ってくれて、ありがとうございました」
白銀の粒子が風に乗り、消えていった。
地面に着地したユリウスは、急に身体が重くなるのを感じた。まるで水から上がった後のようにズッシリとした疲労感が全身を襲う。冷や汗が止まらず、膝がガクガクと震える。
思わず咳き込みそうになった時—
スリッ……
ヴァルガルムの大きな顔がそっと寄り添ってきた。琥珀色の瞳が優しく光る。
「よく頑張った。少しお眠り……我が愛子よ」
その温かな声を聞きながら、ユリウスの意識は急速に光の中へと落ちていった。戦いの終わりを告げる静寂の中で、彼の心は安堵に満たされていた。
フェンリルの温もりに包まれて眠るユリウスの頬に、朝露が落ちた。




