ザナヴァスの苦悩
「……あれが兄貴に知れたらどうなるか」
寮の自室でベッドに横たわったまま、ザナヴァスは唸るように呟いた。窓から差し込む月明かりが薄暗い室内を照らし、その視線の先には先日目撃した光景が浮かび上がっている。
***
数日前のことだった。ライナスに連れられてユリウスの部屋へ向かうと、不注意にも彼がノックせず扉を開けてしまったのだ。そこには――
ベッドの上でユリウスとトリスタンが抱き合い、トリスタンがユリウスの頭を撫でながら「よーしよし」と慰める光景があった。
「な、なななななななっ!!?」
思わず情けない声を上げちまった。
結局トリスタンの必死の弁明とユリウスの様子から、誤解である事が分かったのだが……。
あの二人の距離感はどう考えても普通じゃねぇだろ!
「報告すべきか……?いやダメだ!兄貴に知れたらマジでやべぇ!」
エドワードは昔から理路整然としていて完璧主義者だ。俺みたいな荒々しい奴とは違う。剣こそ俺の方が上だけど、魔術も知識も全部兄貴が上だ。堅物で融通が利かない所が玉に瑕なんだが……それがユリウスに対しては全然違う。
「あのユリウスの事になると、兄貴は別人みたいになっちまうんだよな」
思えば最初は「使える駒」として扱ってたはずだ。だが最近はユリウスが帰省すれば嬉しそうに迎え、滞在中は四六時中一緒にいる始末。果ては執事たちまでユリウスに夢中になっている。
「俺だって……」
言いかけてハッとした。今俺は何を言おうとした?
「いやいやいや!俺があいつをどうこう思ったわけじゃない!ただ兄貴が変なんだよ!」
独り言を吐き捨てると、隣のベッドで寝ていたエドガーが半分眠ったまま起き上がる。
「先輩……うるさいっす……」
「悪い悪い」
「どうかしたんすか?」
「ああ……実はな」
つい口走ってしまった。
「兄貴に報告するかどうか悩んでることがあってよ」
「……悩み事っすか?」エドガーが意外そうな顔でこちらを見る。
「ザナ先輩が悩むなんて珍しいっすね」
「お前な!」
「まあいいっすけど……」
エドガーはしばらく考えて、「多分悩むって事は言わない方がいいんじゃないすか?」
「なんでだ?」
「口は災いの元っすから。特に先輩の場合は」
「……なるほどな、ってどういう意味だ⁈」
エドガーの言葉が妙に納得できた。確かにあんな事を報告すれば――
「兄貴が仕事できなくなるかもしれない……」
ユリウスに依存しすぎてる兄貴の事だ。そんな事が耳に入れば職場放棄してでも学院に飛んでくるかもしれない。
「よし決めた!」ザナヴァスは拳を握りしめる。「この件は墓場まで持っていく!」
「え?そんな大事な事だったんすか?」
「うるせぇ!もう寝ろ!」
「了解っす!」
エドガーはケラケラ笑いながら再び眠りに落ちた。
「ユリウスめ……」
窓の外に目をやると、夜空に浮かぶ星が一つ一つ明るく輝いていた。
「いつかあいつが兄貴とくっついたら、その時は恩を着せてやる」
ザナヴァスは思わずニヤリと笑みを浮かべた。ユリウスの慌てる顔を想像しながら、彼はようやく眠りについたのだった。




