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誘拐

「……よし!」


ユリウスは確かな手応えに思わず頬が緩む。ドワーフ王国で紹介された刀匠スカルディン・ファイアフォージとの共同開発──鋼の剣に「切断力強化」の術式を刻印した一品。予想通り化け物の首を手応えなく切断した感触が掌に残る。


(まずは一体……だが)


周囲は再び静寂に包まれた。だが直後──


「まただ!天窓が!」


新たな影が降り注ぐ。ユリウスは目を凝らした。影の中、一瞬だけ巨大な翼が見えた。

(奴か……!)


即座に念話で命令を飛ばす。


《ヴォルカ!上空の輸送役を抑えろ!》

《承知!》


遠くで轟く雷鳴のような咆哮。敵の補給路を断つ手はずは整った。あとは……


「手を貸そう」


隣に立ったのはカシアンだった。流麗な剣を抜き放つ姿は確かに一流の武人の風格を漂わせる。しかしユリウスの視線は一点に集中していた──壁際に固まるレオネル王子。


(やはりあの時の影響か……動けずにいる)


逆に言えば好都合だ。下手に動き回られるより固定目標として守りやすい。


「ガレス殿!レオネル様を!」


叫びながらユリウスは剣を構え直す。眼前に迫るキメラ群──その中に見覚えのある影が混じっていた。


(蟹熊……!)


前回倒したはずの改造獣が複数体、牙を剥く。量産化に成功したのか?思考を巡らせつつも剣は休ませない。


「右の蟹熊は私が!」


言うが早いか飛びかかる二足歩行の蟹。硬い甲殻が月光に鈍く光る。


「ハッ!」


ユリウスの剣が弧を描く。抵抗なく胴が両断された。

一方カシアンも優雅な足さばきで左の蟹熊に迫る。流れるような一閃──

ガギィンッ!


「なっ……!?」


剣が止まった。カシアンの眉が微かに動く。相手の甲殻に弾かれたのだ。

隙を突いて振り下ろされる巨大ハサミ。辛うじて後方へ跳躍して回避する。


「……この硬さを、あれほど容易く……?」


カシアンの瞳が一瞬、恐怖の色を宿す。目の前の少年に対する畏怖が胸に広がった。


(量産型は前回より強化されてるのか)


ユリウスは思考を切り替える。斬り捨てた蟹熊の破片が床に転がるのを確認し、剣を構え直す。


「カシアン殿!弱点はおそらく甲殻の継ぎ目か関節です!」


「……助言感謝する」


返事の間も惜しんで二人はキメラ群に飛びかかる。ガレスは王子を庇いながらも的確に敵を薙ぎ払い、護衛兵たちも必死で応戦している。だが──


「ぎゃあぁぁ!」

「誰か!助けてくれ!」


悲鳴と怒号が絶え間なく響く。大広間は阿鼻叫喚の地獄と化していた。


ユリウスが三体目のキメラを屠った刹那、異変が起きた。


「おい……どうした?」


キメラ群が突然標的を変更。十を超える怪物の赤い目が一斉にユリウスに集中した。


「まずい!」


襲いかかる凶爪と毒腺が迸る触手の嵐。剣を旋回させて捌くが、防御が精一杯だ。

逃げ惑う人々が邪魔で大規模な魔術が使えない。


「レオネル様ァッ!」


ガレスの絶叫が鼓膜を打つ。見れば紫色の粘液質の体を持つ拘束具付きカエル型キメラが王子の小さな体に絡みついていた!


ユリウスの舌打ちと同時にカエルが跳躍──天窓へ消えた!追撃を試みるも視界を塞ぐキメラの群れ。


「くそっ!」


剣を振り回しながらも焦燥が募る。

その時。


「ユリウス様!大変です!」


空気を裂いてリュミナが飛来。小さな竜の瞳に懸念が浮かぶ。


「ごめんなさい、ダミアン様が……誘拐されました!」


「なっ……!?」


ユリウスの碧眼が見開かれた。計画的過ぎる連続誘拐事件──これは単なるテロではない。


(狙いはダミアンもか……!)


脳裏に浮かんだ陰謀の全容に背筋が凍った。


「くっ……」


ユリウスは唇を噛んだ。レオネルとダミアン──同時に二人も攫われるという想定外の事態。だが、眼前で蠢くキメラ群が思考を中断させる。


(甘かった……もっと早く全力で対処すべきだった)


建物内部の制約、密集した状況、想定以上の襲撃規模──幾つもの誤算が重なったが、今は後悔している暇はない。


「申し訳ありません皆さん……少々本気でやらせて頂きます!」


ユリウスの宣言と共に剣が青白い光を帯びた。込められたのは純粋な魔力増幅の術式。鋼の刃が輝きを放ち始める。


「行くぞ!」


疾風の如く駆け出す。迫り来る蟹熊の鋏を紙一重で躱し、逆袈裟に一閃──鈍い切断音と共に巨体が崩れ落ちる。

別のキメラが毒針を放つが結界が阻む。隙を与えず回転斬りで触手を薙ぎ払う。


「はああぁっ!」


剣が閃き続ける度、キメラが一つまた一つと床に沈んでいく。その姿は鬼神のごとく。最初の一体目は確かに手応えがあったが、この圧倒的な差──カシアンは目を見開いた。


「これが……貴方の本当の力か」


呟く間もなく戦況は急速に傾く。


やがて最後の一体が沈黙すると、大広間は静寂と残骸だけが広がっていた。


「……ふぅ」


剣を鞘に戻したユリウスはすぐに動く。瓦礫で塞がれた出入り口へ向かい、障害物を粉砕。さらに負傷者の元へ駆け寄り治癒魔術を施していく。魔法陣が癒しの光を放ち、重傷者たちの傷が目に見えて回復する。


「おぉ……痛みが……!」

「ありがとうございます!」


混乱の中でもユリウスの迅速な対応は人々を落ち着かせた。


(現場は混沌としている……これは逆に好都合だ)


「リュミナ」


「他の王子方はどうなっていますか?」


「はい、第一、第二王子は護衛と自身で戦って無事です!」


ユリウスは小さく頷く。


「わかりました。しばらくここで待機していてください。他の王子の身辺にも注意を」


その時だ。


「ユリウス・クラウディール!!」


怒号と共にガレスが駆け寄る。その目には明らかな敵意と混乱が渦巻いていた。


「どういうことだ!レオネル様がなぜ攫われた!」


胸倉を掴まれそうになるユリウス。が、ガレスの手首をカシアンが寸前で掴んだ。


「ガレス殿……今責めるべき時ではなかろう」


冷静な声が緊張を緩める。


「……とにかく今はレオネル様とダミアン殿下の無事を確保することが先決だ」


ユリウスはゆっくりとガレスの手を引き剥がした。冷静な碧眼が二人を見据える。


「……正直私も何が起きているか完全にはわかりません。ただ一つ確かなのは──ヴォルカ…僕の使い魔が例のカエル型キメラを追跡中です」


「追跡……できるのか?」


「はい、少なくとも今なら。僕はすぐに二人を救出しに行きます」


「……待て」


ガレスが前に出る。


「俺も行く。レオネル様の危機だ!」

「私もレオネル様の護衛を任された身、同行させてもらおう」


ユリウスはわずかに沈黙したが、状況的にも時間が惜しい。


「わかりました。ただし速度が求められますので……失礼!」


言い終わる前にガレスとカシアンの手首を掴んだ。


「!?」


二人が驚く間もなく──ユリウスの足が床を蹴った。


ドンッ!


衝撃と共に三人の体が宙へ浮く。重力の感覚が消失し、凄まじい速さで天窓から外へ飛び出した。


「なっ……!?」


「飛翔魔術……これほどの!?」


《ヴォルカ!位置は!?》

《北西方向、森林地帯へ向かっている!》


念話でやり取りしつつ、ユリウスは暗闇の中を飛翔する。風を切る音と背後からの混乱の声を聞きながら──二人の王子を救うための追跡劇が始まった。

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