レオネルの護衛
「まさかダミアンと一緒にお呼び頂くなんて……何か重大な案件でしょうか?」
ユリウスは学院長室の豪奢な扉を開けるなりそう呟いた。部屋の中では白銀の長髪を後ろに束ねたアルセリオ・ヴァン学院長と、黒獅子の王子ダミアンが静かに対峙している。二人の間には明らかに緊張感が漂っていた。
「よく来てくれたね、ユリウス」
学院長は穏やかな笑みを浮かべたが、その碧眼には鋭い光が宿っていた。
「ダミアン殿下から直接報告したいことがあると聞いてね」
ダミアンは鋭い眼差しでユリウスを捉えた。いつもの尊大な態度ではなく、緊迫した状況を物語る硬い表情だった。
「……レオネルのことだ」
その一言だけで部屋の空気が凍りついた。
***
「レオネル殿下に危険が迫っているというのは本当ですか?」
ユリウスが声を潜める。
「確証はない」ダミアンは窓際に佇んだまま言った。「だが確信はある」
その言葉の重みに学院長が眉を寄せた。
「王子としての勘かね?」
「兄上たちの周囲に不審な動きがあった。特に第ニ王子の派閥とつながりのある者が出入りしていた痕跡がある」
ダミアンは拳を握りしめた。
「……レオネルは六番目の弟だ。政治的には無関係なはずだが……」
「『下の者が消えれば上の者が有利になる』という単純な構図か」
学院長がため息をついた。
ユリウスが静かに口を開く。
「ですが王子殿下も護衛がついているでしょう?」
「それが問題なのだ」
ダミアンの声が低くなる。
「レオネルの母は……平民出の侍女だった」
一瞬の沈黙が部屋を満たす。
「つまり?」ユリウスが慎重に尋ねた。
「正妃の子でもなく、妾腹の扱いを受けている。王族としては冷遇されており……」
「護衛は最低限しか付かないということか」
学院長が言葉を引き継いだ。
ユリウスは目を伏せた。
「それでも……王子をお守りするのは王家の義務では?」
「表向きはそうだ」ダミアンの爪が窓枠をきしませる。
「だが父上は……レオネルには関心がない」
その言葉に込められた無力感がユリウスの胸を刺した。
***
「ちょうど二週間後にレオネルの十歳の誕生日がある」ダミアンの声がわずかに震えた。
「公式行事で貴族や諸侯も招かれる一大イベントだね」
学院長が眉をひそめる。
「その混乱の中でなら……」
「暗殺するのに絶好の機会だ」
ユリウスが低い声で続けた。
「俺が狙われるなら構わん。だがレオネルは……」
ダミアンの金色の瞳が揺れる。
「戦う術も持たぬのだ」
ユリウスが拳を握りしめた。
「ダミアン、君自身も危険じゃないの?誕生日会には各王子の派閥が集まるんですよね?」
「無論警戒はする。護衛も増やすつもりだ」
ダミアンが淡々と言う。
「だがそれ以上に……」
「罠を仕掛ける気ですか?」
ユリウスの目が鋭くなる。
「……そうだ」
ダミアンが振り返り、ユリウスと正面から向き合った。
「各派閥が動く混乱の中、誰も手を出さない者がいれば――それが黒幕だ」
「逆に言えば敵が複数派閥なら無意味ですが?」
ユリウスが冷静に指摘する。
「それでもやる価値はある」
ダミアンの声が決意に満ちる。
「俺たちは王家だ。無抵抗の弟を守れずに何が王か」
学院長が深く頷いた。
「その決断……王家の血を感じるな」
ユリウスは二人を見比べて決断を下した。
「わかりました。協力します」
「……助かる」
ダミアンの口元に微かな笑みが浮かぶ。
「ただしリュミナをダミアンの護衛につけます」
ユリウスが提案した。
「ドラゴンを?」
学院長が驚いた声を上げる。
「彼は小さくなれますし、気配を消す術を持っています。それに……」
ユリウスが真摯な眼差しで続けた。
「僕が信頼できる護衛です」
ダミアンはしばらく考え込むと、ゆっくりと頷いた。
「わかった。信用しよう」
***
ユリウスは寮へ戻るとすぐにリュミナとヴォルカを呼び出した。
「わかりました!僕はダミアン殿下を御守りすればいいんですね!」
二つ返事で了承するリュミナ
「……くだらん、王家のお家騒動か?」
もう片方の煤炎竜が煙を吐きながら尋ねる。
「確証はないけれどほぼ間違いない」
ユリウスが厳しい表情で答える。
「だからお願いがあるんだ」
「ふん……人間の王子などどうでもいいが……」
「だけど」ユリウスが遮った。「もしレオネルが死んだら……ダミアンは悲しむよ」
ヴォルカの金色の瞳が鋭く光った。
「……その程度で我らに命令するつもりか」
「命令じゃない」ユリウスが静かに言った。
「頼んでいるんだ。そして……」
彼が真っ直ぐに竜を見据える。
「僕が守りたいものを一緒に守ってほしい」
その言葉にヴォルカは長い間沈黙した。
「……いいだろう」
巨竜の背中から湯気が立ち上る。
「だが我は好きに動く」
「それでいい」ユリウスがほっとした表情を見せる。「ありがとう、リュミナとヴォルカ」
***
豪華絢爛なレオネル王子の誕生日会。アストライア城の大広間には燭台が煌めき、貴族たちの装飾品が輝きを放っていた。その中にユリウスは居た。ダミアンの学友代表として招かれた彼は、好奇の目にさらされていた。
「ほう、あの交流戦でダミアン様に引けを取らなかったとか……」
「人間にしてはまあまあ腕は立つようだが……」
「結局蛮族の力技でしょう?我々の洗練された戦いとは根本的に異なる」
軽蔑の言葉が飛び交う中、ユリウスは愛想笑いを浮かべながらも、レオネル王子が見える位置を確保していた。だがその時
「殿下!レグルス様から特別に派遣されたカシアン殿がご挨拶に……」
侍従が連れてきたのはガッシリとした体格の豹男。レグルス第一王子直属の護衛という触れ込みだった。
(第一王子派から早速接触ですか)
ユリウスの背筋に冷たいものが走った。
その緊張を感じ取ったように、ふたつの視線がユリウスを貫いていた。レオネル王子とその護衛ガレスだった。
「あの魔力に背格好……あの犬の方に……雰囲気が似ている?」
レオネルの柔らかな瞳が揺れていた。彼の脳裏に蘇るのは夜の森での出来事。名も知らぬ救世主の姿。特にその金の毛並と碧眼が――
(あの方が……変装した人間だったとしたら?)
一方その呟きを聞いたガレスは剣の柄を握る手に力を込めていた。もし本物であれば傷を癒してくれた恩はある。だが……
(あまりにタイミングが良すぎる……)
先日の森での救助。偶然か?それとも……
(第一王子派か第二王子派か……どちらにせよ警戒を解くわけにはいかん)
緊張が漂う中、事件は唐突に起こった。
「きゃあああっ!」
「なんだ今の音は?!」
微かな揺れと共に天窓のガラスが砕ける轟音。貴婦人たちの悲鳴が弾けた。
次の瞬間――黒い影が降り注いだ。
6本の歪な腕を持つ異形のゴリラ。腕の先端は蛇のように蠢き、一本は鶏の嘴さえ備えていた。異様な姿に絶叫が広間にこだまする。
『天弦結界!』
ユリウスの声が閃光のように迸る。天に向かって掲げた手から放射状に魔法陣が展開。降り注ぐガラス片と化け物から人々を守る盾が生まれる。
結界に弾かれた化け物が遠くに転がる。同時に四方から悲鳴が――
「化け物だ!」「出口が塞がれてる!」
パニックの中、ガレスが剣を抜く。
「レオネル様!ここを動かないで下さい!」
細い王子を背に庇うように構えたその刹那――
**閃光一閃**
「え?」
ガレスの目が見開かれた。目前で巨大な首が宙を舞っていた。断面から噴き出す血飛沫。その中心に立つのは――
金髪の少年が手にする漆黒の剣。月光のように澄んだ碧眼。まるで神話の一場面を切り取った様なその姿に静寂が辺りを包んだ。




