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学院長からの依頼

朝日の差し込む学院長室で、ユリウスは緊張した面持ちで立っていた。


「突然呼び出してすまなかったね」


アルセリオ学院長は優雅に紅茶を啜りながら微笑む。傍らには古めかしい巻物が広げられていた

「君の研究の進捗はどうかね?」


「はい!宝物庫の解呪作業は佳境に入りました!」


ユリウスの目が輝く。


「あと少し古代文字を解読すれば完全解放できそうです!」


「素晴らしい」


学院長の目が細くなる。老人とは思えぬ鋭い眼光がユリウスを捉えた。


「実はそんな君にぜひ依頼したい件があってね」


ユリウスの背筋が伸びる。学院長直々の依頼とは何か重大な──


「魔物討伐じゃ」


「えっ?」


予想外の言葉にユリウスは目を丸くする。


「私の古い友人がアストライア王国の辺境に居るのだが、そこで奇妙な魔物が出現したらしい」


学院長は巻物を指し示した。そこには見慣れぬ魔物の絵図が描かれている。


「普通の討伐隊では太刀打ちできぬという。君のような若い才能こそ適任だと判断した」


ユリウスは思わず巻物を覗き込んだ。

(これは……未知の魔物!しかも見たことない生態だ!)

研究欲が湧き上がる一方で、頭に浮かぶのは宝物庫の作業だ。


「でも今は宝物庫の解呪作業が……」


「もちろん無理強いはせん」


学院長の表情に僅かな落胆が浮かぶ。


「かなり珍しい魔物との話じゃが……嫌なら──」


「やります!」


ユリウスが食い気味に叫んだ。珍しい魔物の誘惑には勝てなかった。


寮に戻ったユリウスは早速準備を始めた。


「リュミナ!ヴォルカ!」


窓枠で昼寝していた竜たちが飛んでくる。


「僕たち課外授業でアストライア王国に行くことになったよ!」


リュミナが尻尾をバタバタさせる。


「おー!面白そう!」


ヴォルカが鼻を鳴らす。


「お前の趣味には呆れるが、付き合うしかないな」


「今回はね!」


ユリウスが興奮気味に説明する。


「学院長の友人の依頼で、とっても珍しい魔物なんだって!」


ヴォルカが疑わしげに眉を寄せる。


「珍しいだけか?強さはどうなんだ?」


「それはまだ分からないけど……」


ユリウスは巻物を広げて見せた。


「少なくとも文献にない形態だよ!新種なら研究価値高いと思う!」


リュミナが巻物を覗き込み「確かに変な形!」と驚く。

小さな竜の瞳が好奇心で輝いた。


ヴォルカが腕を組む。

「まぁ……俺が居れば百人力だからな」


学院の馬車が学院の門を出る。ユリウスは窓の外を眺めながらワクワクしていた。


「学院長の友人ってどんな人なんだろう?」


リュミナが膝の上で子犬サイズの身体を揺らす。


「強い人だと面白いな!」


ヴォルカも袖口から顔を出す。


「あの巻物の魔物のことを知っていれば儲けものだ」


馬車はアストライア王国へ向かう街道を進んでいく。途中で景色が変わるにつれ、獣人の姿が増えてきた。

(これがアストライア王国……)


ユリウスは初めて見る光景に心を躍らせた。


やがて馬車は森の中の大きな館に到着する。扉を開けると屈強なセイウチ獣人が迎えた。


「ようこそ!アルセリオの弟子よ!」


威勢の良い声と共に握手を求める。


「私はガルドラン・アイアンフェル。友人の古い盟友だ」


ユリウスは緊張しながらも丁寧に応える。


「初めまして!ユリウス・クラウディールです!」


「おぉ!お前が最近活躍しとると噂のクラウディール家の末っ子か!」


ガルドランの目が輝く。


「実は我が領地の近くで妙な魔物が出没していてな……君に頼りたいんだ!」


館の中に入るとリュミナとヴォルカがそっと姿を現した。ガルドランが彼らを見て目を丸くする。


「おや?珍しいペットだな」


「ドラゴンのリュミナとヴォルカです!今は小さくなってもらってます」


ユリウスが紹介すると二匹が誇らしげに胸を張る。


「なるほど」ガルドランが腕を組む。


「確かに珍しい……が、うちの領地で出現している魔物はもっと珍しいぞ!」


その言葉にユリウスの瞳が輝いた。

(これは期待できそうだ!)

宝物庫のことは一旦忘れて、彼は目の前の冒険に思いを馳せた。


館の一室に集まった一同はテーブルを囲んでいた。ガルドランが羊皮紙の地図を広げ、その上に奇妙なイラストを描き加える。


「現地で確認された魔物の特徴はこうだ。胴体は熊だが……」


彼は爪と甲羅を強調する。


「こんな感じで蟹の要素が混ざっている。さらに背中には奇妙な突起物があり……」


ユリウスは目を輝かせながらメモを取る。


「新種でしょうか?それとも人為的に作られたキメラですかね?」


ガルドランの眉がぴくりと動いた。


「キメラか……確かにそう見えるな。人為的となれば大問題だが」


彼は含みのある視線をユリウスに向ける。


「ガルドランさん」


ユリウスが身を乗り出した。


「この組み合わせの生物は文献に一切ありません!もし自然発生なら貴重な発見になると思います!」


「新種ねぇ……」ガルドランは腕を組み考え込む。


「とにかく現場で直接見てもらうしかない。だがくれぐれも無理はするなよ?」


「もちろんです!」


ユリウスは拳を握りしめる。


「未知の魔物と出会えるなんて最高のチャンスですから!」


ユリウスの肩にはリュミナとヴォルカが乗っていた。二人とも子犬サイズで可愛らしいが鋭い目は獲物を探している。


「ユリウス!」


ガルドランが駆け寄ってきた。


「これを持っていけ」


彼は小さな革袋を差し出す。中には犬の顔を模した精巧な仮面が入っていた。


「目眩しの魔術が仕込んである。正体を悟られぬようにな、ここでは人族は目立つ。国際問題になりかねん」


「ありがとうございます!」


ユリウスは大事そうに受け取る。


***


広野を魔術で加速しながら進んでいると突如遠くから悲鳴が響いた。


「行きましょう!」


ユリウスが更に加速する。

仮面を取り出すと手際よく装着した。金色の縁取りが施された犬の顔が現れる。


現場に到着すると想像以上の惨状だった。翼の生えた大蛇と蜘蛛とムカデの合成生物が人々を襲っている。近くには豪奢な馬車の残骸が散乱していた。


「あれは……」


リュミナが震える声で指さす。


「魔物に食べられてる!」


「避難誘導!」


ユリウスが叫ぶ。リュミナとヴォルカが即座に行動を開始した。

ヴォルカが猛火を吐いて注意を引きつけ、リュミナが風を巻き起こして人々から魔物を牽制する。


ユリウスは眼前の敵を冷静に分析した。


(翼蛇キメラ……そして節足生物の混合型か……どちらも文献に載っていない!)


彼の瞳が科学者の如く鋭く輝いた。


(まずは攻撃パターンを確認しよう!)


「どんな攻撃するか見せて下さい!」


挑発するような叫びと共に彼は魔術の刃を形成する。

二体のキメラが一斉に襲いかかるが、彼は軽やかに躱していった。


しかし蛇キメラの腹が異常に膨れているのを見て表情が変わる。


「遊んでいる場合じゃないか……」


『虚刃!』


瞬時に距離を詰め魔術の刃で腹部を狙った。鋭利な切断音と共に蛇の身体が断裂される。


続いて節足型キメラに向き直る。目を細め標的を見定めた。


「貴重なサンプルになるかも!なるべく傷つけず……」


『紫電!』


指先から魔力の弓矢が生成され精密な動きでムカデの眉間を貫く。巨体が崩れ落ちた。


ユリウスはすぐに蛇キメラの裂け目に手を伸ばし救助活動に移った。呪文を唱えながら魔力で包み込み慎重に体内から取り出す。


「まだ息がある!」


治癒魔術の淡い光が周囲を照らす。溶けた皮膚が修復され脈拍が安定していく様子に安堵のため息が漏れた。


「もう大丈夫です」


その時後ろから声がかかった。


「凄い……信じられない」


振り向くとそこに立っていたのは金獅子の少年だった。白い服に身を包み驚きと畏敬の眼差しでユリウスを見つめていた。


「お怪我はありませんか?」


ユリウスが問いかけた。仮面越しの声は普段より低いが優しさは伝わっているはずだ。

金獅子の少年はゆっくりと歩み寄る。


「あなたは……一体……?」


金獅子の少年の声には恐怖と好奇心が入り混じっていた。ユリウスは穏やかな声で返す。


「ただの通りすがりの魔術師です。お怪我はありませんか?」


少年は小さく頷いた。その瞳に宿る光は、彼がただの平民ではないことを示している。


「……」


彼は突然言葉を詰まらせ、周囲を見回す。馬車の残骸から助け出された侍従たちが安堵の声を上げていた。リュミナとヴォルカも既に人目につかない場所へ隠れている。


「レオネル様……!」


弱々しい呼び声に金獅子の少年が顔を向けた。助け出されたばかりの護衛らしき男が目を開けている。


「ガレス!」


少年が駆け寄る。ガレスと呼ばれた男は苦痛に顔を歪めながらも安堵の表情を浮かべた。


「一体何があったのです……?」


「この方が助けてくれました!」


レオネルはユリウスを指差し、熱っぽく語り始めた。


「恐ろしい魔物を一瞬で倒し、溶かされた貴方まで治してくれたのです……!」


その時、「レオネル王子!ご無事でしたか!」と複数の従者たちが駆け寄ってきた。皆一様に疲弊した顔をしているが、王子の無事に涙を流す者もいる。


「……王子様?」


ユリウスが思わず呟いた声は風に乗って消えた。レオネルはバツが悪そうに俯き、そっと唇を噛む。


「……ダミアンの兄弟ってこと?」


ユリウスの心の声が漏れる。その呟きにレオネルが勢いよく顔を上げた。


「ダミアン兄様をご存知なのですか⁈」


鋭い問いかけにユリウスは内心で舌打ちする。(しまった……!)


「えっと……お噂はかねがね」


曖昧に笑って誤魔化そうとするユリウスだが、レオネルの視線は食い入るように彼を見つめていた。


「あの……実は私は急ぐ身ですので……」


これ以上ボロが出る前に離脱しなければ。


「それでは先を急ぐので失礼!」

踵を返そうとしたその背中に、「あ、ありがとうございました!」とレオネルの声が追いすがる。ユリウスは一度だけ深く頭を下げ、仮面の下で複雑な表情を浮かべながらその場を後にした。

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