友達
「なっ……!」
ダミアンの目が見開かれる。ユリウスの足元から暗闇が湧き上がったかと思うと、彼の身体は影へと飲み込まれていった。抵抗する暇もなく。
「ユリウス!!」エドガーが叫ぶ。
「罠だ!分散させて各個撃破する気だ!」
アレクシスの警告が響いた瞬間――四方八方から魔法の閃光が襲いかかった!
***
廃墟の陰から十数名の生徒たちが姿を現す。翡翠石を求める彼らの目は欲望に濡れていた。
「おっと……」エドガーが苦笑する。
「結構な人数だな」
「数だけ揃えて何になる」ダミアンが牙を剥く。「雑魚の群れなど……」
「油断禁物です!」アレクシスが魔法陣を展開。
「『風葬!』」アレクシスが暴風を巻き起こす。だがすぐに複数の氷塊が飛来し、風を押し返す。
「くそっ!」アレクシスの額に冷や汗が滲む。
「囲め!」誰かが叫んだ。
五人の生徒が魔法で壁を作り、エドガーとアレクシスを分断した。
「アレクシス!?」
エドガーが叫ぶが、既に彼の背後から三人が襲いかかる!
「くそっ!」エドガーが跳躍するも背後から電撃が走る。「ぐあっ!」
一撃を受けた彼が膝をつく。残り二人が両側から迫る。
「終わりだ!」
両側からの同時攻撃。だが――
「まだ終わっちゃいねぇよ!」
エドガーの全身から赤い光が迸る。彼の体内で循環する魔力が爆発的に増幅された。
「なんだこれ!?」生徒たちが怯む。
エドガーの拳が赤熱化し――
「『火炎拳!』」
彼の拳が触れた瞬間、二人の生徒が吹き飛ばされる。翡翠石が宙を舞う。
「もう一人!」エドガーが追撃しようとするが……
「『雷撃双花!!』」
別の方向から強烈な稲妻が彼を直撃した。
「ぐおっ……!」
エドガーの意識が途切れると同時に彼の翡翠石が砕け散る。
「エドガー!!」ダミアンの怒号が響く。
「くそっ……!」アレクシスが舌打ちする。前方には五人、後方には一人。
「逃げ場はないぞ!もう失格なんだから大人しく石を寄越せ!」
彼を取り囲む魔法使いたちの目が獲物を見るように輝く。
「舐めるな!」アレクシスが高速で魔法陣を展開。
「『風刃乱舞!!』」
無数の風の刃が周囲を切り裂く。しかし……
「『防護結界』!」
向こうも障壁を展開。魔法が遮られる。
「ははっ!甘いな!」
五人のうち一人が爆風魔法を放つ。アレクシスの足元が崩れる。
「しまっ……!」
その隙に背後から追撃の雷撃が襲いかかる。
「があっ!!」
アレクシスの全身が痺れ、意識が遠のく。翡翠石が砕け散る音が虚しく響いた。
「……愚か者どもが」ダミアンの声が低く響く。
目の前に並ぶ七名の生徒たち。彼らは勝利を確信している様子だった。
「さすがに疲れているだろう?」
誰かが嘲笑う。
「……疲労?」
ダミアンの双眸が赤く燃える。
「いい加減、飽きてきたところだ」
彼の体表に紫の魔力が奔流となって溢れ出す。大地が震え、空間が歪む。
「なっ……!」
生徒たちの表情が凍りつく。
「俺の力を見せてやろう!!」
ダミアンの咆哮と共に戦闘が再開された。
「囲め!一斉攻撃だ!」七人の生徒たちがダミアンを取り囲む。
「『雷撃双花』!」一人が雷撃を放つ。
「『氷結!』」別方向から氷槍が飛ぶ。
「『炎嵐!』」さらに三人が炎の旋風を巻き起こす。
全方位からの魔法の嵐。普通ならば瞬時に焼き尽くされるはずだった―――が。
「『焔斬!!』」
ダミアンの剣が炎を纏う。
「うおおおおお!!」
彼が一振りするだけで雷撃と氷槍が蒸発。続く炎嵐が全て掻き消された。
「馬鹿な……!」
「『風刃乱舞!』」一人が鋭い風の刃を放つ。
「遅い」
ダミアンが避けずに受け止める――刃が彼の肌に届く寸前で霧散した。
「なっ……!?」
「『魔力硬化』。お前の魔法など紙切れ同然だ」
ダミアンの蹴りが放たれる。衝撃波だけで三名が吹き飛ぶ。
「ぐああっ!!」
翡翠石が二つ砕け散る。
「させるか!」残り四人が結界を展開する。
「『光弾連射!!』」
数秒間に数百発の光弾がダミアンを襲う。回避不能な密度の弾幕。
「面白い……!」ダミアンが笑う。
彼の背中から魔力の翼が生え――その速度が跳ね上がる!
「速すぎる!?」
光弾が届く前にダミアンが一人を殴り飛ばす。翡翠石が砕ける。
「くそっ!」「やれ!」
残り二人が連携して重力魔法を放つ。地面が陥没し、ダミアンの動きが鈍る。
「もらった!!」
二人が同時に雷撃を放つ――
「獅子流剣技・『月天落』」
ダミアンの全身が紫色の魔力に包まれる。重力魔法を打ち破り――上空へ跳躍。
「空へ!?」
「そこだ!!」
彼の剣が振り下ろされる
圧縮された魔力が解き放たれた。爆風が荒れ狂い、二人の生徒を呑み込む。
「ぎゃああああ!!」
翡翠石が砕け散る。瓦礫の中からダミアンが無傷で立ち上がる。
***
ユリウスは奇妙な暗闇の中に佇んでいた。空間が歪み、地面と天井の区別さえ曖昧だ。
「ほう……これは実に興味深い」
彼の目が爛々と輝く。周囲を漂う影の粒子を掴もうとするが指先をすり抜けていく。
「ふふ……これは君の魔術ですか?」
「そ、そうだよ……」影の中から弱々しい声。
ユリウスが振り返ると、背の低い少年が震えているのが見えた。
「キミ……恐くないの?」
「怖い?とんでもない!こんな魔術を使えるのは初めて見たよ!」
ユリウスの目が輝く。人間の少年――セナは呆気に取られた。
「え……?」
「影魔法!文献には記述があるけど実践者は稀なんだ!どうやってこんな領域を作り出してるの?術式は?素材は必要なの?」
「ちょ……ちょっと待って……」セナが困惑する。
「いやいやいや!これはすごい!まさに『影』という概念そのものを具現化している!通常の空間と異なる法則で動いてるよね?もしかして君の意思だけで再現できるの?それとも特定の条件が必要なのか……」
「わ、わかんないよ……」
「え!?わからないの!?すごいなぁ……本能的にやってるなんて!」
セナの頬が僅かに赤くなる。
「褒めてるの……?」
「もちろん!」ユリウスが真剣に頷く。
「こんな高度な術式を使える生徒が他にいるなんて驚きだよ!」
「そ、そうかな……」
セナがもじもじする。
「えっと……じゃあ教えてあげる」
「まず基本は影の濃度を上げること」
セナが小さな魔法陣を描く。
「これを地面に展開すれば……」
ユリウスがそれを凝視する。
「なるほど……ただの光と闇の反転じゃないね。これは……『空間の裂け目』を作ってる?」
「そ、そうなんだ……」セナが驚く。
「みんな気付かないのに……」
「次は安定性を確保する術式だね。波動の調整は難しいよね?」
「うん……」セナが頷く。
「これが一番神経使う……」
「ここをこう変えたらどう?」ユリウスが陣をなぞる。
「エネルギー循環を改善できるはず」
「え!?ほんと!?今度やってみる……」
二人が夢中になって術式を書き換えているうちに――
「あ……、外の決着が付きそうなので戻らないとです」
突然ユリウスが立ち上がる。
「えっ……」セナが不安そうな顔をする。
「ありがとうセナ君!本当に素晴らしい経験だった!」
ユリウスが手を振る。その瞬間――彼の体が光に包まれ、セナの首の翡翠石と影の領域が砕け散った。
ユリウスの足が瓦礫の上に降り立つ。
「あれ?ダミアン様?」
目の前には息を切らしたダミアンが立っていた。周囲には七人の生徒たちが気絶している。
「お前……どこに行っていた……」ダミアンが睨む。
「ちょっと凄い経験をしてました!」
ユリウスが嬉しそうに答える。
「それより勝ったんですね!すごい!」
「ふん……当然だ」
ダミアンが鼻を鳴らす。そのとき――
『終了!!残存勢力はユリウス・クラウディール&ダミアン・クローディエペアのみ!!優勝です!!!』
アナウンスが響き渡り、観客席が沸いた。
「結局僕ら以外は全滅だったみたいですね」
ユリウスがにっこり笑う
「おめでとうございます!殿下!」
従者達が駆け寄って来る
ダミアンはユリウスに向き直った。
「……行くぞ」
「はい!」
ユリウスが笑顔で応じる。
壇上へ向かう二人の背後で歓声が渦巻いていた。ダミアンの表情には満足と少しの安堵が浮かんでいる。
***
学院の上階のVIP席では大人たちが静かに議論していた。
「見事だった……あの黒獅子の少年は思った以上だ」
「アストライア王家の実力を見せつけたな」
「それにしてもヴァルデールのユリウス・クラウディール……あの子は一体……」
***
「ふむ、予定通りだな」学院長が静かに告げる。
「あれの力はおいそれと表に出すべきではないが……許容範囲だ」
「しかし……」
イグナツィオが口籠る
「それよりも」学院長が杯を傾ける。
「見事な"演出"だったと思わないか?」
彼の目は壇上で祝福される二人を見つめていた。
「これで当面は均衡が保たれるだろう」
「王家の力を見せつけたことでアストライアの評価は上がる。ユリウスの力を見せたことでヴァルデールも評価を取り戻した」
「その通り」学院長が微笑む。
「我々の目論見通りだ。実に有意義な機会であった」
彼は小さく呟いた。
「この平和も……長くは続かないだろうがな」
遠くに見える森の向こうには不吉な雲が広がっていた――
***
舞台袖に戻った二人を待っていたのは表彰式だった。ユリウスは嬉しそうに勲章を受け取り、ダミアンは淡々と拍手に応える。周囲の歓声が落ち着いた後、二人は人目を避けるように校舎の裏手に移動した。
「……なぜだ」
突然ダミアンが口を開く。彼の視線は硬かった。
「なぜ協力した?そして最後の戦いを傍観した?」
ユリウスは首をかしげた。
「ん~……難しい質問ですねぇ」
彼はしばらく考えてから微笑んだ。
「ダミアン様や皆にエドガーやアレクシスさんの凄さを知ってほしかったんです」
「……」
「代表戦で僕はエドガーさんを選びませんでしたよね?すごく強くて面白い方なのに……だから見てほしくて。アレクシスさんも博学な方ですから実力はあると思ってました」
「……」
ユリウスの純粋な答えにダミアンは眉をひそめる。
「最後の戦いは……正直7割が私事で、3割があなたが過小評価されてるのが気になったからです」
「ほう?どういう意味だ?」
「一部の方たちがあなたのことを『ただの王族』とか『血筋頼み』とか言ってたんですよ。そんな人たちに『違う』って見せつけてやりたかったんです」
「……つまり情けか?」
ダミアンの声が低くなる。しかしユリウスは首を振った。
「違います。友達が悪く言われると見返したくなりません?」
「……友達だと?」
ダミアンの瞳が揺れた。
「僕たちってもう友達じゃないですか?」
「……」
彼の沈黙は肯定でも否定でもなかった。長い沈黙の後、彼は小さく息を吐いた。
「城の中で友など呼べる者はいない。側近ですらいつ暗殺者になるか油断できぬ」
「えっ……それは寂しいですね……」
ユリウスの素直な言葉にダミアンは一瞬目を見開いた。
「じゃあ約束します!」
ユリウスが突然両手を挙げる。
「僕はダミアンさんを絶対に殺しません!もし『ダミアンを殺せ』と頼まれたら……」
彼の瞳が一瞬妖しく光った。
「……頼んだ人を実験……いえ、お仕置きします!……自由で楽しくあるべきなんです。魔術も人も!」
そう言いながら彼は屈託なく笑った。ダミアンはその笑顔に釘付けになった。太陽のような暖かさが彼の氷のような心を溶かしていく。
「お前が言うと説得力があるかもしれんな……」
思わず漏れた本音に、ユリウスはさらに笑顔を咲かせた。
そして彼はふと気づいたように言った。
「あっ!あと一つ!これからはダミアンって呼び捨てでいいですか?同じ学年なのにいつまでも敬称とか堅苦しくて……」
「……ああ」
ダミアンは目を伏せた。
「学院の中ではそれで構わん」
「やったー!よろしくお願いします、ダミアン!」
ユリウスが手を差し出す。ダミアンは躊躇いながらもその手を握った。互いの手のひらが触れ合う。ほんの少し冷たく感じるのは緊張のせいだろうか?
「……ユリウス」
初めて親しみを込めて彼の名を呼んだ声はわずかに震えていた。
「はい?」
「お前のような奴は初めてだ」
「そうですか?」
二人の間に流れる空気が柔らかくなる。
その時、遠くから生徒たちのざわめきが聞こえてきた。表彰式が再開されるらしい。
「行きましょう?」
ユリウスが先に歩き出す。その背中を見つめるダミアンの表情は複雑だった。警戒と期待が入り混じる。
(この関係が本物になるかどうか……時間が必要だ)
だが彼の胸の内で小さな希望が芽生え始めていた。それは長年忘れていた感覚――信頼への第一歩だった。
「ああ」
ダミアンはゆっくりと歩き出した。
友という存在への最初の一歩を踏み出して。




