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似た者同士

トリスタンに導かれ、ユリウスは西棟の二階にある寮室へと向かっていた。


「ここが男子寮区画だよ。基本は上級生と新入生の二人一部屋。個室は三年から特別功績者に与えられるんだ」


廊下は意外にも広く、絨毯敷きの床と淡い照明が落ち着いた雰囲気を醸し出している。トリスタンは慣れた足取りで進みながら説明を続けた。


「掃除当番制は週交代。今日は僕がやるから気にしないで。ちなみに……」


トリスタンがドアを開けると、そこは想像以上にシンプルな空間だった。ベッドが二つと簡素な勉強机、小さな本棚。全体的にこぢんまりとした印象だが清潔感が漂っている。


「わぁ……」


ユリウスの目が机上の一角に釘付けになった。そこには革装丁の古い魔導書が何冊か並んでいる。


「ああそれ?図書館の書庫に保管されてたんだけど申請したら貸し出してもらえたんだ。ボクは魔法理論より歴史書派なんだよね」


「歴史書!」


ユリウスが思わず身を乗り出す。


「実は古代魔術の起源について調べたいと思ってて!」


「ほんと?これはまさにそれ関係だよ。見てみる?」


トリスタンが本を手渡すとユリウスは即座にページをめくり始めた。


「すごい……こんな詳細な記述は見たことない!」


その熱中ぶりにトリスタンが少し困惑気味に微笑む。


「えっと……それより部屋の説明を続けようかな」


「あっごめんなさい!つい夢中になっちゃって」


ユリウスが慌てて本を閉じる。


トリスタンは部屋の隅々を丁寧に説明し始めた。壁の燭台の魔術式やベッド下の収納スペースまで漏らさない。その几帳面さにユリウスは感心しきりだ。


「トリスタンさんて……とても綺麗好きなんですね」


「うーん。むしろ汚れるのが苦手で」


トリスタンが照れたように頭を掻く。


「だから本以外のものは整理するのが習慣なんだ」



ユリウスは自分の鞄を机の横に置きながら部屋を観察した。右側のベッドはすでに整えられ、左側は空っぽ。トリスタンの私物と思われる鞄と衣服が片方の壁に寄せられている。


「僕は左側を使ってるから、ユリウスくんは右側ね」


「わかりました!ありがとうございます」


ユリウスが笑顔で返すとトリスタンも柔らかい笑みを返した。そして思い出したように付け加える。


「あ、あと大事なこと一つ。夜間外出禁止で門限は十九時。破ると罰則があるから気をつけてね」


「了解です!」


(門限なんて新鮮だなぁ)


家では比較的自由に過ごしてきたユリウスにとって制約のある生活は新鮮に感じた。


「それと……食事は基本的に食堂。ただし許可証があれば自炊も可能だよ。僕は時々野菜炒め作ってる」


「野菜炒め!美味しいですよね!」


共通の話題を見つけて嬉しそうに頷くユリウスに、トリスタンは内心驚いていた。入学前の評判では「新参者の貴族の子」という曖昧な情報しかなかったが、目の前の少年は想像以上に屈託がなく、そして独特の輝きを持っていた。


「ユリウスくんて……本当に魔術が好きなんだね」


トリスタンが率直な感想を述べるとユリウスが顔を真っ赤にする。


「はい!魔術のことを考えてると時間を忘れちゃって……」


恥ずかしそうに頭を掻く。


「わかるよ!ボクも歴史書読んでる時は同じだもん。夜更かしして教授に怒られたことあるし」


トリスタンが明るく笑うとユリウスの頬も緩んだ。


「そうだ。学院の規則についてまとめたノートあるから今度コピーしてあげる」


「本当ですか!嬉しいです!」


会話の流れの中で自然と親しさが増していく。性格は真逆と言ってもいいのに、お互いの「趣味への没頭癖」が奇妙な共通点となっていた。


(不思議だなぁ……)


ユリウスは思った。


(家では僕みたいな魔術バカは浮いてたのに)


一方トリスタンも同様に感じていた。普段はあまり積極的に他人と関わらないタイプなのに、目の前の少年に対しては不思議と壁を作ろうとしない自分がいる。


「さて。今日は荷解きして明日の準備しようか」


トリスタンが提案するとユリウスも頷いた。


「はい!でもまずはさっきの歴史書……」


「わかったわかった。一緒に読もう」


こうして二人の共同生活が始まった。対照的な性格でありながらも「知識を求める心」で結ばれた絆は、初日から既に強く育まれていた。


「ふふっ……相性抜群なのかもね」


トリスタンが小さく呟いた。その言葉にユリウスは気づかず本のページをめくる音に夢中になっている。二人の異なる波長が溶け合うような穏やかな空気が部屋を包んでいた。


***


ユリウスが夢中で歴史書を読み耽っていると、突然ドアがノックされた。


「どうぞ」


トリスタンが応じる。


「よう!ちょっと様子見に来たぜ」


ドアを開けたのは虎獣人のコンラッドだった。その隣には犬獣人のライナスが控えている。


「おぉ!コンラッドさん!」


ユリウスが顔を上げて嬉しそうに迎える。


「おう。お前の部屋はどうだ?」


コンラッドが部屋を見回しながら訊ねた。


「随分と……片付いてるな」


「ボクは綺麗好きなんで」


トリスタンが苦笑しながら説明する。


「ユリウスくんは本に夢中みたいだよ」


コンラッドは呆れたように肩をすくめ、「お前ってほんとに変わり者だな……」と言いかけたが、ライナスが肘で小突く。


「ちょっと言い方が……」


ライナスが小声で注意した。


「わかってるって。おいユリウス!エドガーの様子見に行こうぜ。まだ医務室らしい」


ユリウスはぱっと顔を輝かせた。


「そうだった!気になってたんだ!」


トリスタンが心配そうに尋ねる。


「ボクも一緒に行っていいかな?」


「もちろん!」


ライナスが笑顔で頷いた。


「みんなでお見舞い行こうよ」


四人は連れ立って医務室へと向かった。


医務室は西棟の一階にあり、薬草の香りが漂っていた。白衣をまとった治療師が数名行き交う中、ユリウスたちは奥の個室を目指す。


「失礼します!」


ユリウスが元気よくドアを開けると、ベッドに横たわるエドガーが驚いたように体を起こした。


「おっ……お前ら……」


「大丈夫か!?」


コンラッドが真っ先に駆け寄る。


「顔色悪いな……まだ具合悪いのか?」


エドガーは青ざめた顔で首を振った。


「いや……平気だ。ただ……あの人が」


視線が宙を泳ぐ。明らかにザナヴァスのことを思い出して怯えている様子だ。


「あー。ザナヴァスさんのこと?別に噛みつきゃしないって」


コンラッドが軽く笑う。


「そ……そういう問題じゃない……」


エドガーの声が震える。


「威圧感だけで死ぬかと思った……」


ライナスが優しく背中を撫でた。


「無理しなくていいよ。今日は安静にしてて。ルームメイトは変更できないけど、何かあったらすぐ呼んでね」


「うん……ありがとう……」


エドガーが安堵したように小さく頷く。


ユリウスは真剣な表情でエドガーの顔を覗き込んだ。


「何か魔術で助けられることがあったら遠慮なく言ってね!」


「え?魔術?」


エドガーが怪訝そうに眉をひそめる。


「どういう意味だ……?」


ユリウスは自信満々に胸を張った。


「僕は治癒魔術も使えるんだ!ストレス軽減とか気持ちを安定させるやつもあるから!」


「お前……本当に何でもありだな……」


エドガーが呆れたように苦笑する。


トリスタンが横から付け加える。


「ユリウスくんの魔術の才能は本物だよ。さっきの歴史書の翻訳を一瞬で済ませてくれたし」


「翻訳まで!?」


エドガーの目が丸くなる。


「お前……変人すぎるだろ……」


その反応にユリウスはキョトンとした顔をした。


「え?普通じゃない?魔術で解決できることなら試すべきじゃない?」


コンラッドとライナスは顔を見合わせて笑った。


「まぁそれがユリウスってわけだ。俺なんか最初は『何だコイツ』って思ったけどさ……」


「今はなんだかんだで信頼できる子だなって思うようになったよ」


ライナスが穏やかに付け足す。


「あ……ありがとうございます……」


ユリウスは照れ臭そうに頭を掻いた。


エドガーはベッドから身を乗り出し、真面目な表情でユリウスの手を握った。


「わかった。もしものときはお前に頼る……」


「うん!任せて!」


ユリウスが満面の笑みで応じる。


その光景を見てトリスタンは内心ホッとした。この個性的な同級生たちの中でユリウスの存在がどれほど貴重なものになり得るか、少しずつ実感し始めていたのだ。


医務室での和やかな空気が流れる中、ライナスが少し考え込むような表情をした。


「あー……ところで」


ライナスが微妙な間を置いて切り出す。


「ザナヴァスのことなんだけど……」


全員の視線がライナスに集中した。特にエドガーは身を固くしている。


「実は彼とは幼馴染なんだ。だから一応フォローしておくと……」


ライナスは真摯な目で語り始めた。


「根は悪くないんだよ。ただ今は特にピリピリしててさ」


「理由を聞いてもいいか?」


コンラッドが興味深そうに訊ねる。


ライナスはため息をついた。


「詳しい事は話せない。でも今家が他の貴族と揉めてて色々大変なんだ……それで周囲に不信感を持ってるみたいなんだよね」


「家の事情か……」


コンラッドが腕を組みながら唸る。


「そりゃピリピリするのもわかるけどな。エドガーに当たるのは違うと思うぞ」


ライナスは困ったように頭を掻いた。


「そうなんだけど……ボクも直接諭せる立場じゃないし。せめて誤解だけは解いておこうと思ってさ」


ユリウスは首を傾げた。


「その家って……何か重大な事件でも起きてるんですか?」


ライナスが顔を曇らせ、「それは言えない」とだけ呟く。その深刻な表情に一同は口を噤んだ。


エドガーが小さく咳払いをして話題を変えた。


「ま……とにかく今のところはうまく避けるしかないってわけか」


「そうしてくれると助かる」


ライナスは安堵したように微笑む。


「本当に悪い奴じゃないんだ。むしろ本来は情に厚くて……」


コンラッドがニヤリと笑った。


「へぇ。意外だな。あの冷徹そうなザナヴァス先輩が?」


ライナスは複雑な表情で頷いた。


「昔はもっと素直だったんだ。色々あってああなっちゃったんだけどね……」


トリスタンが穏やかに付け足す。


「要するに事情があって不安定なだけってことだね。理解したよ」


ユリウスも大きく頷いた。


「わかりました!僕も彼を見かけたら挨拶くらいしてみます!」


「いやそれは……」


ライナスが慌てて手を振る。


「まずいかもしれないから止めておいたほうが……」


「え?でも敵意はないんですよね?」


ユリウスが不思議そうに首を傾げる。


「まぁそうなんだけど……」


ライナスは苦笑い。


「ザナヴァスの性格上、突然の親しげな態度に戸惑う可能性もあってさ」


エドガーが恐る恐る口を開く。


「というか……あんな威圧的なのに挨拶なんかしたらさらに警戒されるんじゃないか?」


「そうですか?」


ユリウスが純粋な目で問い返す。


「僕としては純粋に魔術の話がしたいだけなんですけど……」


「やっぱりお前って変わってるな……」


エドガーが呆れたように呟く。


コンラッドが爆笑しながら肩を叩いた。


「でもそのスタンスが時には一番効果的かもしれねぇぞ!ユリウスみたいなタイプに出会ったら逆に戸惑うかもな」


「そうなのかな?」


ユリウスは半信半疑の表情だが、それでも好奇心は衰えない。


トリスタンが微笑んで言った。


「いずれにせよ、彼の素性がわかってよかった。何か事情があるなら理解して接する必要があるし」


「そう言ってもらえるとありがたいよ」


ライナスは安心したようにため息をついた。


「ボクとしてもできるだけ仲介役になれるように頑張るから」


エドガーが小さく頷く。


「……わかった。とりあえず今は避けるけど、何かあったら教えてくれ」


ライナスは感謝の気持ちを込めて皆を見回した。


「本当にありがとう。ボクもザナヴァスがあんな風になってるのは辛いんだ」


コンラッドが励ますように肩を叩く。


「まぁなんとかなるさ。うちの学校にはお前みたいに良い奴もいるしな」


「僕も頑張ります!」


ユリウスが元気よく宣言した。


「いつか彼と魔術談義ができれば最高ですけどね!」


その明るさに室内の空気が和らぐ。ライナスは静かに微笑んだ。エドガーはまだ完全に納得してはいないものの、少し肩の力が抜けた様子だ。


「さて。そろそろ戻ろうか」


トリスタンが促し、四人は医務室を後にした。

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